挑発×再出発
さて一行はと言えば、順調に目的を達成してきたわけだが、ここでスッパリ行先も目的も途絶えてしまった。しかしぼんやりと長期滞在する気も無く、ひとまず村に設置された質素な掲示板へ足を運ぶ。
「豆の収穫、引っ越しの手伝い……うーん、ううん……?」
ユウシャが唸る理由がルカにも、リノにも分かった。小さな人助けも大事な仕事である。しかし、あれだけ大きな依頼を成し遂げた後となっては、少々拍子抜けであったのだ。
「おーい! あんたら、さっきグリフォンからバッジをもらった冒険者だろっ?」
“畑を荒らす獣系モンスターの討伐”辺りを折衷案に投げかけようというところ、見覚えの無い村民の男が一人、一行の元へ駆け寄って来る。
「え、ええまあ、ブロンズですけど」
あれだけバッジに恐れ多いと震えていたユウシャだったが、相応に期待されてしまうと、途端謙遜を始めた。ルカに肘で小突かれると、気まずそうに苦笑を浮かべる。
しかし男はそんな謙遜など一蹴し、身の上話を始めた。
「充分だよ! 実は『シーサイダース』にいる友人の妻から、先日手紙が届いたんだ。
≪夫が霧の海から帰らなかった≫と」
その言葉に、一行は息を呑む。男は暗い面持ちのまま、話を続ける。
「なんでも、海に霧が立ち込めて、一向に晴れないらしい。痺れを切らして漁に出る男も幾人かいたそうだ。そしてその誰もが……帰らなかった。
そのうちの一人が、アイツだ。
頼む、霧の原因を突き止めてくれないか? 出来る事なら、アイツと奥さんをもう一度会わせてやりたいよ。でも……分かってる。広い広い海に出ちまえば、『冥界の森』さえ管轄外だろうな。だからせめて、霧を晴らしてやってほしいんだ……。
『シーサイダース』は漁師の街だ、このままじゃ街は滅びる。奥さんにゃせめて、アイツの愛した街で暮らしてもらいたい……」
『シーサイダース』は、居住区の乱立するこの地域をずっと北西に向かった、この世界の最西端にある、海抜の低い街だ。故に海を愛し、海に関する事を生業とする者が住む。
海沿いの街に起こった怪異は、まさに天災と思い違う程、手がかりも詳細も朦朧としたものだった。
「天災に近い怪異……。でも、困っている人がいるなら、俺たちは出来る限りの事をする! 行けるよな? リノ様、ルカ!」
しかし、心を迷わせる霧を晴らすかのように、ユウシャは顔を上げる。リノもルカも、まだ挑戦してもいないのに根を上げるタチではない。
「もちろん、現地を見てもいない依頼をノーと突き返す事は出来ませんわ!」
「擬人化は最近めっきりだったけれど、お望みとあらば」
「ぎじん、とかいうヤツはわからないが、ありがとう!
既に街から冒険者協会を通して、依頼が様々な冒険者へ届いていると思う。先を越される場合もあるだろうし、協力しあう事も出来るだろう。君たちの健闘を祈る。
これはアイツの家の住所だ。御武運を!」
一行の決断に安心したような笑顔を見せた村民に見送られ、村の出口まで向かう。
次なる目的地が決まるならば向かうのみ、というところ、ユウシャが足を止めた。地理に疎く二人に着いていくばかりのルカも、合わせて足を止める。
「あー……えっとリノ様、『シーサイダース』にはどう行くつもりです?」
「どう、って……かの街は西の端にありましたわね。今いる場所は南東寄りですから……まずは突き当たるまで、西に真っすぐ向かいますでしょう。後は海を沿って北側に歩けば良いのでは?」
「それってソルスを通る、って事……?」
「? まあ、そうですわね。あら、『ソルス・スピロ』を通過するのは都合が悪いですか?」
ルカは頭で地図を描こうと必死だが、新たに知らない地名が出てきてしまうと途端頭が真っ白になった。何やら二人は揉めているようだが、最終的に『シーサイダース』に着く事が出来れば良いのだ。ルカは足元の石を靴で弄り始める。
そう、考える事を放棄したのである。
「あー……、まあ、わざわざ通らなくても……? もっと近道とか、ありそうですけど……」
「西に真っすぐ進むと、川があります。橋はソルスの入り口にしかかかっておりませんでしょう。
理由が理由であれば、迂回も考えますわ」
「いや、えっと……そういうわけじゃ、うーん……」
ユウシャの煮え切らない返事に、温厚な精霊も業を煮やしてしまいそうだ。会話が進まないばかりか口論にまで発展しそうであれば、その聞きなれない地名について詳しく聞いてみようか、とルカは口を開こうとする。
しかし、二人分の足音がそれを制止した。
「せっかくバッジを貰ったというのに、自分たちがお困りのようだな?」
「あ、セヴェーノと、デットヘルム」
「覚えていて下さって光栄です、桃色のお嬢さん!」
一行の前に現れたのは、オランジュの髪のたれ目男と、ビスケットカラーの髪の吊り目男だった。
セヴェーノはルカの手を取り、その甲へ口付けて見せる。あからさまにキザな態度にリノは苦笑し、ユウシャは威嚇。ルカはそっと手の甲をスカートで拭った。
「俺たち西の海沿いの街への行き方を模索中なんだ。邪魔しないでくれる?」
「真っすぐ安全に『男神の街』を渡れば良いじゃないか! 嫌なのか?
……あァ、分かるよ。あの街は暑苦しいからね。それに何だか、やかましくない? 北の優美な『女神の街』を見習った方がいい」
あれだけ『ソルス・スピロ』という街を避けていたユウシャが、セヴェーノの直接的な嫌味には怒りの眼差しを向ける。先程のルカの件を根に持っているわけでは無く、街への侮辱の言葉に対してであると、女性陣は何故だか確信を持って、そう感じたのだ。
「ああ、森を隔てた北の方では、寒い日が続くようね。私の友達が、とっても大変な事だと驚いていたわ。
あんまり極端なのは苦手だけど、私は温かいのも涼しいのも好きよ。セヴェーノも、自分の好きなものを立てる為に他のものを蔑むのは止める事ね」
ルカの放った正論には、嫌味男のキザな笑みも僅かに引きつる。一方の大男は、相方のプライドが傷付けられたにも関わらず、怒る事も、逆に笑う事も無く、何も感じていないかのように、ただ黙って隣に佇んでいた。
「ま、まあいいさ!結局のところ、君たちはあの街を通りたくないんだろう?
なら簡単だ、『冥界の森』を通ればいい!西の大きな川は、森に入る手前で大きな池になっている。森の中ならまっすぐ北西に進む事が出来るだろう」
「あの森は生者にとって森では無く、もはや“壁”ですのよ。通り道に使うだなんて……」
「おや、精霊様とあろうお方が、森を怖いと仰る? 行ってみればただの森ですよ。
南に行きすぎたら山に突き当たる。東に行きすぎたら森唯一の建築物、洋館がある。『シーサイダース』の北隣の雪原なら、森と面しちゃいないんだ、いくらでも回避出来る。
ここまで安心安全を謳わせておいて、行かないなんて選択肢はバッジ付きの勇者諸君に無いだろう?」
あからさまな煽り文句。付き合っていられないと一蹴するのが定石だろう。かと言って、他に最良案があるかと言えばそうでは無かった。
となればその挑発、ユウシャにとっては買う他無いのである。
「ああ、……ああ!行ってやるさ! 死者の集う森が何だ、良い近道じゃないか!
ルカ、リノ様、行こう!」
躊躇いなく森に向け歩き出す背中を、二人の乙女が不安げに追う。三人の背が遠のき、豆粒のように見え始める頃、セヴェーノはニタリと意地悪い笑みを浮かべた。
「ふふ……はーっはっは! わざわざ死者の森に足を踏み入れてくれるとはな! せいぜい恐ろしい目にあって来ると良いさ!
女の子たちは俺に泣きついて、あの男一人、自信も、希望も失ってド田舎の故郷に帰れば良いんだ!」
「彼の故郷は田舎なのか」
「あー知らないけど多分そうだろ」
無表情だったデットヘルムも、問いを投げかけられる程度に話は一通り聞いていたようだ。
セヴェーノの思惑も知らず、一行は深く、暗い未知の森を進んでいく。
そこで、どんな恐ろしいものに出会うとも知らずに。
4章『はざまのおはなし』 完




