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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
はざまのおはなし
20/88

報告×評価

 

「すっかり日も落ちたな、出直すか?」


 すっかりリンドウ色の空に、金銭に余裕がある為か、ユウシャが何の躊躇いも無く提案する。

 その慢心をルカが注意するより先、小さな影が忍び寄ってユウシャの頭を叩いた。


「何でもかんでも後回しにするんじゃないよ!」


「いったー!?」


「おばあちゃん!」


 ユウシャが傷の痛みが残る頭を押さえているにも関わらず、女性らは老婆に駆け寄る。老婆は労うように、シワシワの手でルカの頬やリノの腕を撫でた。


「逃げずによーく頑張ったね。

 さ、明朝グリフォンを呼ぶよ。今日は泊ってお行き」


「協会に依頼こそしておりませんが……併せて泉の件も、私からお話しましょう」


 温かな労いに癒される団らんの端々に、ルカには知らない言葉が飛び交う。皆さも当然のように話すので、ルカは気まずくも、続く会話の中へ問いを投げた。


「えっと……グリフォンって、モンスター?」


「え? いや、ははっ。まあ確かに知能は非常に高いけど、グリフォンは動物さ。

 雌雄もあって、交配して種を増やす。ドラゴン族のように種を独立させようって話もあったけど、ドラゴン族(かれら)のように人型になれる訳でもなければ、対話による交渉も出来ないからな」


 博識なユウシャのおかげで疑問は尽きない。ドラゴン族に関しては後々知るとして、目下の謎を解説してもらう必要があった。


「グリフォンは、動物。……それでその、協会と関係があるのね?

 ペットかしら? そもそも、何の協会?」


「ペット……と呼ぶにはおこがましいかな。寧ろグリフォン主体なんじゃないか、あそこは。

 ああ、協会っていうのはね、」


「立ち話も何だろ、中にお入り。リノ、あんたは『人形村』での事を詳しく話しておくれ。

 ……ああ、中に弟子がおるが、気にせんでな」


 語らうならば早急に、と急いて家屋へ上がり込んだ一行も、弟子と呼ばれる家屋の中にいた人物には驚きを隠せず、これを無視する事は出来なかった。


「が、我楽多屋さんっ!?」


「あ、こ、れは……」


「路地裏で、良い掘り出しモンさね。あんた、寝る前に一杯、客人に茶でも出してくれたら助かるよ。

 さあリノはこっちおいで」


 トバリはさも大事では無いように一行の動揺をあしらうと、リノを連れてさっさと書斎へ移動してしまう。一行との再会に狼狽している我楽多屋に、ユウシャは苦笑を浮かべ一礼してみた。


「えっと……、捕まったんですか?」


「ああ、まあ……、拾われた、というか……」


 ルカはその満更でもない様子に安堵すると、囲炉裏の傍に腰を掛ける。


「そう……良かった。

 お茶はお構いなく。ここの布団は柔らかいわ、おやすみなさい。

 ……ユウシャ。さっきの話、詳しく聞かせて?」


 構わずと言われようと、我楽多屋はそう無礼な真似も出来ない性分であった。ローブを引き摺り、湯を沸かしに台所へのそのそと向かう彼を見送ったユウシャは、ルカの隣へと腰かける。


「……協会の話だったな。


 冒険者協会。俺たちのような冒険者を支援する非営利の団体さ!冒険者側がいざ旅立とうって時に、協会に登録しなければ活動は出来ないとか、そういう誓約もない。


 例えば一般の依頼者側の話だけど、異種間のいざこざや困りごとなんかがあった時、協会に依頼をする。承認されると、グリフォンを呼ぶ笛が送られてくる。依頼者は冒険者に問題を解決してもらったら、グリフォンを呼んで事の顛末を見てもらうんだ。

 グリフォンと視線を合わせるだけでいい……全て見透かされる。それから、評価によってはバッジがその場で贈呈されるよ。バッジの有無によって拒否される仕事もあるし、バッジがあると直接声をかけてもらえる事もある。冒険者協会のバッジは、一般依頼者が冒険者やそのパーティーを見定める目安になるんだ。


 ……って、俺も会うのは初めてなんだけどな。緊張するよ」


 その場でグリフォン自身が冒険者を評価する、という点にルカは驚いた。ユウシャの言う通り、彼ら主体、と語られても可笑しくはない制度だ。


「成程……重役だわ。グリフォンは常にバッジを所有しているのね。それって……騙されたり、襲われたりしない?」


「うん、グリフォンは自分が襲われると、近くにいる仲間を呼び寄せることが出来るんだ。戦闘能力に関しても彼らはBランクだからな、そうそう襲ってバッジを奪おうなんて奴はいない。

 それに、心は嘘を吐けない。概ね彼らの採点は上手くいっているんだと思うよ。……あ、ありがとうございます」


 話につい夢中になっていたところ、二人の前に澄んだ緑青色の茶が並ぶ。その色があまりに綺麗で、ルカは暫し見入ってしまったようだった。


「こういう飲み物も初めてか?」


「……いいえ。でもすごく、綺麗で。ありがとう、我楽多屋さん。

 ええと、彼らの生態についてはよくわかったわ。それでつまり、私達はこれらの業績を評価されれば、明日それぞれバッジを貰えると」


「ああごめん、パーティーを組んでいる場合は、そのチームに対して1つしか与えられない。でも、ルカが一番頑張ったんだ! 君の手に何らかのバッジが託されるだろう、楽しみだな!」


 そう無邪気に笑うユウシャは、まだ始まって間もない、この小さな冒険を純粋に楽しんでいるようだった。

 昼間には命を懸けて戦っていた。その生傷の残る姿で、それでも楽しそうに笑っていたのだ。対してルカもあの時の必死な戦いを思い出して身震いこそすれ、異世界での旅が楽しくないわけもない。

 そっと口に含んだ茶の温かな苦みは、どんな高価な戦利品より身に沁み渡った。




 翌朝、家の前の開けた場所へ並ぶ一行の数歩先で、トバリが笛を吹く。澄んだ音はそれほど大きく無く、すぐに空へ溶け込んでいってしまった。


「本当に……どこでも来るの?」


「ああ、『冥界の森』と建物の中以外は、大抵応じてくれるらしい」


「それと、雪原の最果て……まあ! 来ましたわ!」


 リノの言葉に皆が空を見上げると、薄い朝方の青空に、黒い羽が伺える。それは烏天狗がやって来た時のようなおぞましさの無い、どこか眩く感動的な光景だった。

 ずしりと降り立ったのは、黒い獅子の身体。大きな翼を折り畳み、鋭いくちばしを持った白い鷹の顔が一行の目を覗く。


「私……本当に動物とモンスターの違いが分からないわ……」


「そ、そうかい。まあ、こうも神々しい生き物はそうそういないだろう。あっ……」


 グルル、と心地良さからか威嚇からか分からない音を喉から鳴らし、グリフォンはまずユウシャと目を合わせに行った。

 くちばしが開けば頭を一口で齧られてしまいそうな距離で、ユウシャは息を呑む。皆が緊迫感に押し黙っていた。

 フン、と鼻を鳴らし、順にルカ、リノ、トバリへも目を合わせる。それから首にかけた小箱をくちばしで突き、器用にその中からブロンズに光るバッジを取り出した。

 誰もが魅入るその輝きを、くちばしに挟む。差し出されたのは、ユウシャだった。


「っへ、俺……?」


 リノも、トバリも、そしてルカも、同意するように頷く。ユウシャはまだ戸惑っている様子だったが、他でもないグリフォンが選んだのだ。この大役を誰に譲るわけにもいかず、控えめに両手を胸の前に持ってくれば、ポトリとその上にバッジが落とされる。

 用を成せば、途端グリフォンの畳まれていた翼が広がり、羽ばたいては地を揺する。四つ足を蹴り上げ飛び上がった神々しい生物は、東の方角へと飛び立っていった。


「バッジだよ! 良かったじゃないか」


 トバリはまるで自分の事のように喜んで、ユウシャの背を叩く。反してユウシャはその重みを知り、酷く狼狽えていた。


「な、なんで、俺……?」


「私の中の戸惑いを、あの子は見たんでしょう」


 ユウシャが“受け取るべき”と思っていた張本人のルカが、そんな見解を述べる。戸惑いなんて、それこそ自分同様だと納得しきれない様子で、ユウシャは苦し気な表情を浮かべた。


「私はまだ、自分が善の道を行くのか、悪の道を行くのかも分からないの。ただ……呼ばれた理由を探して、それを成そうってだけだから。ユウシャは、少なくとも善の為にまっすぐ行動してる。

 ……それに、一人一人にバッジに相応しい実力が伴っていなくても、私達はチームでしょう? それはチームの評価。ユウシャが持っていて」


「私も、我々が受けた評価の証を、ユウシャに委ねます」


 バッジの乗せられた手に、ルカとリノの手が重なる。心で感じていたバッジの重みが、スッと軽くなるような感覚に、強張っていたユウシャの頬も緩んだ。


「村民の事は任せな。日向って娘の事も聞いたよ、アタシから掛け合う。

 さ、借金返済完了だ。これ持ってとっとと次の人助けに行くんだね!」


 一行のやり取りを穏やかに見守っていたトバリだったが、彼らの才能を見込み、ここでのんびりとしている間も惜しいだろうと言葉で後押しをする。ルカに持たせたのは、麻の小袋にいっぱい詰まった、あの米に似た豆であった。


「おばあちゃん、これ……」


「痩せた土地と難民の依頼だ、報酬はこれで勘弁しとくれ」


「いやっ、お世話になったし、コックリ様から戦利品も受け取ってる! むしろ貰うつもりなんて無くて……!」


「これは礼だよ! ケジメだ、受け取んな。

 あんたたちは大層な事を成し遂げた。だからそう、グリフォンが評価したんだろ?」


 示すようにユウシャの手からバッジを摘まみ上げると、赤い外套の留め具と付け替える。輝くバッジには、雄々しく気高いグリフォンが描かれていた。


「……ありがとう、ございます! うん、バッジにかけて、沢山の人を助けに行かなきゃな!」


「ありがとう、おばあちゃん」


「トバリさま……また会いに参りますわ。炎の精霊と、我楽多屋さんをどうか、宜しくお願いします」


 漸く一行が背を向けて歩き出す。トバリは彼らの姿が見えなくなるまで、その眼差しを向け続けた。


「鑑定価値が全てじゃないさ。お狐様を立ち退かせたんだ。あんたたちならなれるよ、

世界を救う、勇者に」




 

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