箱庭に×暁
「さすが、ルカですわ! ユウシャのサポートもお見事でした」
「リノが奮い立たせてくれたからだよ。ユウシャも、本当に助かった……」
「うっ……二人とも、本当に無事で良かった~っ」
無数の切り傷に薬草を塗り込んだリノ、頭に包帯を巻いたユウシャ、腕の傷と火傷にそれぞれ薬草を塗り、包帯を巻いたルカ。痛々しい姿に反し、清々しい顔で村を後にする。
「非礼を詫びよう。重ね重ねで申し訳ないが、この村の元よりの民たちに、3、4日程経ったらこの村へ戻るよう呼び掛けてくれないか」
それは戦利品を賜り『人形村』を去る直前のこと、天狐から一行へ一つの申し出があった。
「……4日程で、どうするつもりです?」
「山へ行く。村の者たちも訪れぬ、高く……深くへ。妖どもは儂と天狗で先導すれば、拒む者はおらぬだろう」
「月彦さんは?」
「人形たちを連れて、彼と山に暮らすよ。……ああ、自分の罪から逃げているよう見えるだろうね。本当に……いくら責められたって、石を投げられたって、文句は言えないさ。
でも、彼が僕を救ってくれようとした。ならば僕も応えたいんだ。僕の命尽きるまで、彼を心から信仰し、彼を高尚なる者たらしめよう。彼は誰よりも強く、気高く、美しい……僕の神さまだ」
月彦が、祈り崇めるように天狐の手を握り、額に宛がう。本当に叶うのであれば、天狐は彼を失っても悪しき祟り神にはならず、この土地に還るだろう。
「ヒナタも、ととさまたちといくね」
「素敵な名前ね」
「ありがとう。身体に魂が定着すれば、いずれこの子は妖……モンスターになる。性別が確立しても差し支えない名前を、と思ってね」
「箱庭の永い夜は明ける。日向がお前たちを連れてきてくれたからだ。
日向は光だ。太陽の光のように温かく、眩しく、愛おしい……儂らの子どもだ」
天狐が片腕でヒナタを抱き上げると、ヒナタも愛おしそうに二人の父親へキスを贈る。それはまるで、本当の家族の姿のようであった。
「日向に罪はない。願わくは普通の子どものように学びの場へ向かわせ、村の人たちとも関わりを持たせてやりたい。……そこは、山から文を送って交渉してみようと思う」
「俺たちも話してみますよ! これだけの戦利品だ、少しは交渉に使えるんじゃないか?」
「ええ、ええ。大丈夫です。トバリ様がおられますもの」
「リノ、トバリおばあちゃんの事買い被りすぎじゃない? ……あ、急がないと、日が暮れるわ。
……それじゃあ、お幸せにね」
「! ……ありがとう、ルカさん。リノさん。ユウシャくん。……良い旅を!」
「……俺的には、非常に良い結果を持ち帰れる、
と思ったんだけどさ……、大丈夫かな? コックリ様、あの土地の神さまなんだろ? もうあの村を守ってくれる神さまは、いなくなっちゃったんだ」
『人形村』に背を向け歩き出すユウシャが、改めて自身らが村に及ぼした結末を想い、一抹の不安を口にする。
「ええ、以前の通りとはいきませんでしょう。……しかし、もうあの村は、神の手を離れていました。
もう神の守る土地ではございません。人が築いていく土地ですわ」
「……一つの時代が終わるのね。うん、そういうの、私の世界にもあるわ。
神さまを崇拝して、崇め称える事は悪いことじゃない。でも……、発展はいつも、人間が成し遂げていくものよね」
お互いを見つめ合う三人の笑顔は、美しく夕陽に照らされ輝いた。行きは遠く不安に感じた道を、明るく眩い気持ちで歩いていれば、たったと土を蹴る音が後ろから追ってくる。
「おーい、おーい! 待ってくれよう!」
「あ、傘さし狸」
情けない呼び声に、一行は足を止めた。漸く追いついた狸は乱れた息を何とか整え、三人に頭を下げる。
「俺、明日には山を登る。だから猫くんを……村の人に返してあげてほしいんだ!」
「……それは、猫又に相談したのか?」
「いや、……でもね、彼ら家猫は飼い主と暮らせるのが幸せなんだ。寂しいけどさ、こんな野良狸と野山で暮らすべきじゃあない。君らが事情を話せば村の人は分かってくれるだろうっ?」
「……そうね。村の人は自分たちの罪を理解して、猫又を迎え入れるでしょうね。
でも、猫又はどうかしら?」
「だから彼は……っ、がうっ!?」
三人が話を聞く間見つめていたのは、傘さし狸ではない。その後ろで、鼻の上に皺を寄せている猫又であった。
狸の青年がこうして怒った猫の青年に羽交い絞めにされるのも、予想出来ていた。どうして猫又が怒っているのかもまだ理解できていない傘さし狸に、ルカは猫又を宥めつつ語り掛ける。
「貴方は猫又の悲しみを、一番良く知っているでしょう? もうそれは、繰り返しちゃ駄目。大丈夫、二人は妖だよ。今貴方と共にあるのは、貴方が救って一緒に生きたいと思った、一人の妖だもの」
「……っ、あ……猫くん、ごめんよ……置いてって、ごめんっ」
ウーウーと唸り毛を逆立てていた猫又も、め一杯頭を撫でられ、手を繋ぎ村へ帰る頃にはご機嫌に喉を鳴らしていた。
そんな二匹を見送って、ルカはリノとユウシャの手を握る。
「わっ、ル、ルカ、どうした……?」
「帰ろう」
『製錬の村』への道を帰り道と称し、一行は再び歩き出した。リノはくすぐったそうに笑い、ユウシャは照れ臭そうにはにかんでいる。成程幸せなものだと納得し、ルカはすっかり茜色の空を仰いだのだった。
3章『にんぎょうむら』 完




