神のお社×真実の蔵
「山へ、探検に?」
明朝、荷支度を整えた一行はサヨと共に、月彦の元へ報告に向かった。
「おやまのじんじゃにごあいさつするんだよ! サヨ、つれていってあげるのっ」
「一日お世話になりましたから。それに、今日で村を出ますし」
穏やかに作られた微笑みが、旅立ちを耳にして本当の穏やかさを僅かに取り戻す。
「……そうですか。小夜も寂しいだろう、今日はいっぱい遊んでもらっておいで。
しかし皆さん。あのお社こそ、狐狗狸様のお住まいなのです。何、旅で色んな街を巡った皆さんだ、重々承知とは思われますが……
失礼の無いように」
そう、ほんの僅かだった。
彼が言うほど長い旅でも無いが、無礼を働いてはならないと、幼子でさえ分かるような暗く厳しい眼差しが、一行に突き刺さる。ユウシャは引きつった笑みでこくこくと何度か頷くと、サヨに手を引かれ神社までの道を登って行った。
「このかいだんをのぼってね、すぐだよ。ほら、トリイがいっぱいでしょ?」
疲れを知らない様子の少女は、砂利の坂道に作られた簡易的な木の階段を難無く駆け上りながら、茂る木々が覆う道の先を指さす。彼女が言う通り、階段を跨ぐように点々と色あせた赤鳥居が見え始めた。
ルカは地元の神社を思い描く。階段を登った先には一等大きな鳥居があって、くぐると目の前には大きな拝殿が聳え立っている。夜になれば温かな色合いの灯りがともり、特別な日には祭りで賑わう。
そんな眩しい記憶ばかりに想いを馳せていたからか、現れた神社を一望し、絶句した。
茂る木々は深みを増し、賽銭箱には葉っぱが詰まり、しな垂れた枝は廃れた社に覆いかぶさっている。小鳥のさえずりばかりが響き、そこに人を招いていた面影は無かった。
「……コックリ様、本当に、ここに?」
「……あ、こっち……」
「っちょ、ルカッ?」
静けさに溶け込んでいくように佇んでいれば、ルカの視界の端で何かが横切る。急いでそちらへ目を向ければ、稲穂のように黄金色の狐が一匹、黒い瞳でルカを見つめていた。
暫く視線を交わらせた後、拝殿の裏へと走って行ってしまうなら、まるで呼ばれているかのように感じてルカも後に続く。続いてリノやユウシャもその後を追えば、先で立ち止まっていた彼女の目の前に、古びた蔵が待ち構えていた。誘われるまま、臆する事無くルカはその重い扉に手をかける。
ギイ、と気味わるい音を立てて開いた蔵の中には、少女の人形が並んでいた。
おかっぱ頭の、白い顔の少女の人形が、いくつも、いくつも。そのどれもがどこかに傷を負っていて、瞳を固い瞼で覆っている。ルカの目から涙が零れた。
「どうして、こんな事が出来るの……」
ユウシャもリノも、ルカの考える全てを把握していないまでも、その光景に表情を歪ませる。後から追ってきて声をかけようとする無邪気な少女の目を、リノはそっと手のひらで覆い隠した。
「なに? なにー? ルカ、なにみつけたの?」
「……サヨ。お参りしよう。お参りしたら……ねえ。お父さんに、特別なお願いをしよう」
「とくべつなおねがいって、なにっ? しりたい!」
「うん、それはね……」
一行はお参りを済ませ、山を下りた。ここで月彦に告げた通りサヨと別れ村を離れるならば、任務は断念となるだろう。しかしその足は、月彦の待つ家へと向けられる。
「ととさま、ただいま!」
サヨが縁側から大きな声で自分の帰りを知らせれば、奥の襖が開いた。途端木の匂いが立ち込めて、月彦が笑顔で迎えにやって来る。
「おかえり小夜。
……おや皆さん、小夜を送り届けてくれたんですね。御親切に……」
「ととさま。あのね、……わたし、ととさまにおねがいがあるの」
「……なんだろう。何かほしいものでもあったかい?」
草履を庭に脱ぎ捨て、縁側に這い上がったサヨは、父親と向かい合った。着物の裾を弄りながら、漸く口にした言葉に、穏やかな声をかけながら月彦が屈む。
「あのね……わたし、ずっとなやんでたの。サヨがいきてたときのこと、ととさまはいっぱい、わたしにはなしてくれたでしょ?
……でもね、おもいだせなかったの。まっくらだったって、ルカがおしえてくれた。ルカは、かこがみえるんだって」
それは、拝殿裏でルカが打ち明けてくれた事だった。以前から無意識的に使用していたスキルだったが、リノやユウシャも本人から聞くのはこれが初めてだ。
『私ね、羽ペンを持って誰かに触れると……その人の過去を見る事が出来るの。割と曖昧な要望でも、私がこれだと思える記憶の一部を見せてもらえる』
『それって、ルカのスキルだよ! すごいなあ、感覚的なものだろ? 結構優秀なスキルなんじゃないかな』
『羽ペンに付与した力の可能性もございますわね』
『そうね。……それで私、昨日の夜……サヨの記憶を辿らせてもらったんだ。サヨが、生きていた頃の話、まるでお伽噺のように話してくれたから……
……でも、ダメだった。生前に遡ろうとしても……見えないの。まっくらだった』
「わたしたぶん、サヨじゃないの。だから、わたしだけの、なまえがほしくて……。
それはちょっと、ととさまにはざんねんかもしれない。きつねさんも、しっぱいしちゃったって……しょげちゃうかもしれない。でもっ、わたしのおやは、ととさまときつねさん……―」
「だめっ!!」
一つ大きく叫んだルカが、サヨに飛び付いた。少女を抱き込んで畳に転がるルカの腕に、血が滲む。そこでサヨは父親を見て、漸く気付いた。
父が、仕事場から彫刻刀を持って出てきていた事。それを自分に向かって振り下ろしていた事。
父の目が暗く淀み、もう自分を映していない事。
「そうだ……そうだ。お前は小夜じゃない。お前“も”、小夜じゃない……。ああ……ちくしょう。作り直しだ……ああ、くそッ。だから客なんて、招きたくなかったんだ。
どけよ……女。小夜はこの世に一人だけだ。
偽物は、いらない」




