緊迫×夕餉
「きて、ととさまはこっち。ただいまー!」
夕陽が沈みきる前に、4人は村一大きい家屋へと足を運んだ。サヨは縁側で草履を脱いで、障子を短い腕でいっぱいに開く。
「おかえり小夜。誰を連れてきたのかな? ……おや」
薄暗い家の中から、低く穏やかな声が響いた。その声の主に相応しい、松葉色の着物を纏った30代後半と伺える優しい表情の男性が顔を出すものの、後ろに控えていた一行を見れば、その眉間に皺が寄る。
「サヨのおきゃくさまよ! きょうはおうちにとまるの!」
「ええっと……こんばんは。すみません、依頼が無いかとこの辺りの村々を訪ねていまして、ここに辿り着きました。今晩泊めて頂ければ助かります。……ああ、何かお困りごとがあればお手伝いします!」
サヨの言葉に付け足すように、失礼が無いよう、慎重にユウシャが言葉を紡ぐ。男性はまだ訝しげに一行を見下ろしており、縁側に上がる事すら許さない雰囲気だ。
「ととさま。ルカとリノとユウシャはね、サヨとあそんでくれたの。ととさまはぜんぜんあそんでくれないもの。サヨ、こんなにさみしくないの、はじめて!」
しかし、愛娘から告げられた言葉に心が痛まない訳が無い。男はもう一度一行へ目を向けると、小さくため息を付いて微笑んだ。ふと、家屋を包んでいた緊迫感が薄らいだように感じる。
「娘と遊んでくれてありがとう。僕は月彦と申します。どうぞ、玄関からお上がりなさい。小夜も、草履を玄関に置いてくるんだよ。
夕飯、皆さんの分もご用意しましょうね」
「……美味しい。ルカさん、リノさん、お手伝い感謝するよ」
男手一人、この村で誰の助けも無く暮らしてきたのなら、ある程度生活能力はあるだろう。確かにある程度は持ち合わせていたが、家事はあまり得意では無い様子だった。
この家の主食である様々な豆は、ルカ主導で味噌汁らしきものやおかゆらしきものに変貌し、その優しく温かい味に各々が舌鼓を打つ。
その一方、あまりにのどかな夕餉に一行は違和感を抱いた。どうも彼は、操られているようには見えないのだ。しかし村の妖達がこの男の意向によって動くのであれば油断ならず、リノは慎重に言葉を紡ぐ。
「此方こそ、食材やお台所のご提供、感謝致しますの。
ですが月彦様。この村で二人きり……大変ではありませんの? 畑や狩猟……ほぼ自給自足で、サヨさまも貴方一人で育てていくのでしょう? その、それに。とても申し上げにくい事ではございますが、奥様はどうされまして?」
「……ああ、まあ、大変と言えば、大変だね。そう、妻に逃げられてしまったのは、大層堪えたとも。きっと僕の人形作りへの熱に、愛想を尽かされたんだ。
…でも、構わないさ。だって小夜は帰ってきたのだから! 妻にも見せてやりたかったけどなぁ」
逃げたのは妻どころではない。という本音は言い止まり、更なる情報を求め三人は顔を見合わせる。
月彦が嘘をついているようには見えなかった。それが偽りだとしてもだ。誰かに操られているわけでは無いのなら、その犯人は自分自身、とも取れる。
「月彦さんは、人形作りを生業とされているの?」
パズルのピースは着々と集まっていた。となれば次は時系列を追おうと、ルカは新たな質問を投げかける。
「いいや、人形なんててんで作った事が無くて。大変だったよ。何度も失敗したさ。
狐狗狸様の認める形を作る事が出来て、本当に良かった」
「あの、それって……サヨちゃんをまるで、生き返らせたみたいな……」
ルカとリノが内心燻らせていた考えを、ユウシャが零してしまう。二人がユウシャを驚いたように見つめるなら、ユウシャもばつが悪そうに二人を見つめ返した。
「……そうだとも。小夜は一度死んでしまった。でも、蘇ったんだ。僕と狐狗狸様で、作り直したんだ」
しかし月彦の反応には、怒りも戸惑いも含まない。それを至極当たり前のように述べてみせたのだ。
「だから小夜といられる今が、とても幸せなんだ。もう……壊したくないんだよ。
なあ、小夜」
「はい、ととさま」
何故、見つめ合った時に気付かなかったのだろう。並べられた食事の前で座っているだけの小夜の黒い瞳が、ビー玉のように無機質にきらめいていたことに。
後半味のしない食事を終えると、男の監視下から逃れられる場を作る為、リノはひっそり計画を企て、何気ない一つの提案を掲げた。
「私、片付けを致しますわね」
「ああリノさん、君はお客様なんだ。片付けくらい僕がやりますよ」
「あら……でしたら、ご一緒して頂いても?長く泉に潜む精霊の身です、人の文化を学ばせてくださいませ。
ルカとユウシャは先に湯浴みをさせてもらうと宜しいですわ」
「サヨもおさらあらい、てつだうー! おふろ、まだはいれないもんっ」
「ええ、ええ! とても助かりますわ!」
彼女は月彦、そして小夜までもの動向を読んでいたのだろうか。真意は分からずとも、上手く二人を切り離す事が出来たなら、リノは目配せにウインクをして微笑んだ。
「そういう事なら、お言葉に甘えようかな。ありがとリノ、月彦さん、サヨ」
当然その流れにルカも乗り、嬉しそうな演技で3人へ礼を告げる。しかし、ユウシャだけは作戦を汲み取れなかったか、あるいは別の理由から平常心を保てなかったようだ。顔を赤らめ、慌てふためいている。
「じょ、女性と一緒にお風呂なんてっ、いや君はオス猫と入ってたけどさ、俺はちょっと早いっていうか!?」
「……安心して、順番に入るから」
ルカに嗜められるよう頭をポム、と撫でられて、ユウシャの顔はサヨの着物に負けないほど赤みを増したのだった。




