休息×同人即売会
最寄りの家屋に4人で上がり込み、比較的清潔な布団が引き摺り出されると、リノはそこに寝かされた。ルカが濡れた布で傷口を拭うと、華奢な身体が震える。その姿はか弱い人間の乙女と変わりなかった。
「っごめん、なさいね……、油断しました。これくらい、どうって事ありませんわ……」
「謝るのは俺の方です。……リノ様、死ぬとこだった」
「……、今は、休んで。
サヨ、さっきはありがとう。私はルカ。彼女はリノ。彼はユウシャ……って、呼んであげて。
……ねえサヨ、てんぐさんは悪い人?」
武器という武器を持たず、いざという時に頼り切りであったルカも此度の件に罪悪感はあった。しかし、謝罪し合っていても道は拓かない。リノの髪を優しく耳にかけ、サヨに向き直った。
子供の扱いに慣れているわけではないが、目線を合わせる事は出来る。出来るだけ彼女の言葉に合わせて問いかけてみれば、サヨの警戒心は無くなりルカへ距離を詰めた。
「ううん……いじわるなだけ。なかまはずれにするの。ああしてそとからきたひとに、いたいことするけど、ととさまは「わるいひとだからいいんだ」って、いってた。
でも、ととさまもきつねさんも、あそんでくれないの。そしたらサヨ、ひとりぼっちだもの」
「お父さんが……?えっと、サヨ。サヨのお父さんは、どこにいるの?」
「ととさまは、いっとうおおきなあのおうちにいるよ。よくきつねさんもくるの。
ねえルカ、サヨとあそんで? ひがくれるまでにかえればいいの」
一行は各々の頭で状況を整理する。コックリが大切にしている本物であるサヨは、この村に一人残された男の娘であった。そしてその男は、この村への来訪者を一緒くたに悪い人とし、妖が追い出すのを良しとしている。大半は自身らのような救助者だったであろう。拒むのは、狐に操られているからか、己の意思か。
そう考えていたところで、会話を重ねた事ですっかり心を許したサヨが、ルカに遊んでくれるよう強請ってきた。未だ一行は招かれざる客であり、今はサヨといる事で襲撃を免れているが、コックリ自ら出て来られてはどうしようもない。子どもには現状を考慮する事は不可能だろう。ルカは苦笑して言葉を探した。
「ええと……、私達旅をしていて、ここへ辿り着いたの。でも、ここに住む人たちは私達のような部外者をよく思っていないみたいね。今はサヨが一緒にいてくれるから大丈夫だけれど、サヨがお家に帰ってしまったら、私達はまたいじわるな人達にいじめられてしまうわ」
「うーん、そっかあ……。じゃあ、サヨのおきゃくさまになって!
ととさまにもおねがいする。ととさまがいいよっていったら、みんなゆるしてくれるもの」
幼女の提案は願っても無いものであった。一行は顔を合わせて頷くと、サヨに微笑みかける。
「ありがとう。とっても助かるわ。
じゃあ、お家に帰る時間まで遊びましょうか」
与えてもらってばかりではいけない。ましてや、こんな小さな子ども相手に。ルカはサヨの要望を呑み、どんなおもちゃを持ち出すのかと心待ちにしていた。お手玉、おはじき、或いは面子。異世界というのに村々の様相から、どうしても日本古来の遊びを思い出してしまう。しかし、サヨが並べ始めたのは糸で縫われた手作り書物だった。
「これは……絵本?」
「ううん。このおうちの、ゆかしたにあったしょうせつ! ここのおうちがいちばんすきなの。これでおみせやさんごっこしよ?」
「闇市かな?店主さん、此方はどんな本?」
「えっと、こっちはたぬきたちのぎじんかぼんです! こっちはのうかのはるきちさんと、りょうしのけんじろうさんのあいびきぼんです」
「アッこれは……!」
自分で書いたものでも無し、しかしルカは胸を痛めた。避難する際持って行けばよかったものを。いや避難先へ持って行けば人目に触れる可能性が高まるだけだろうか。
話を聞いてみれば、それはBL同人誌であった。
「どちらも買わせてくださいませ! おいくらですの!?」
「ちょっリノ様何急に元気になって……」
「おはじき4つかどんぐり7つでかえます! でも、たぬきさんのほんは18さいみまんのえつらんをきんじております。おいくつですか?」
「ちゃんと年齢確認してる…! って感心している場合じゃ無いのよ。リノ、興奮しているところ悪いけれど買っちゃ駄目。サヨ……これ、読んだの?」
「はるきちさんとけんじろうさんのはね、よんだよ。これでもじ、おぼえたの。のんびりさんとせっかちさんで、ふたりともいそがしいから、よていもうまくかみあわない。そんなせいかつもせいかくもあわないふたりが、みとめあってすきあっていくところがすき」
「英才教育!」
「でもね、こっちのたぬきさんのはね、サヨはまだぜんぶで6めぐりくらいしかいきてないから、よめないの。18めぐりいきたら、よませてもらうの」
「未成年の鑑!」
ルカはサヨの(腐女子として)パーフェクトな返答に空を仰ぐ。とは言え床下にひっそりと隠していた同人誌を不特定多数に読まれてしまうのは作者も不本意であろう、本は他の者の手に渡る事無く、床下で再度眠りに付いたのだった。




