烏天狗×救世主
家の作りや村の様相は『製錬の村』とそう変わりは無い。強いて言うならば、入口の門をまっすぐ見下ろすように鎮座した大きな家屋が特徴的だろうか。一行から見てもその家屋は特別な人物の住処、村の長の住まいであろうと理解出来た。
その裏には山が聳え立っている。まるで加護しているかのようにも見えたが、村の現状を見れば力の失墜か気のせいの類であると言わざるを得ない。
「山は、まだ行かない方が良いわね」
「……うん。ルカ、この村にはコックリ様が大切にしているサヨという存在がいるらしい。話によるとサヨは、村を自由に移動しているようだ。特徴という特徴は分からないけど……、皆特別扱いしている。すぐ分かるさ。大人しく隠れて待と……、何ですリノ様」
真剣にこれからの行動を提案するユウシャの袖を、悪戯に引っ張る手。呆れたようにリノへ向き直った。
「ふふ、ユウシャこそどうされました? あらルカまで……」
お次はリノのシアー生地のスカートを両端から引っ張る手。くすぐったそうに笑うリノがスカートへ目を向ける。そこには褪せた色の着物を一枚羽織った青く燃ゆる髪の少年たちが、金色の瞳をぱちぱちと瞬かせ、一行を見上げていた。
無論、ユウシャの袖を引っ張っていたのも彼らである。
「うわーっ!」
「こ、これは……鬼火の群れ、ですの!?」
正体は、形を貰いはっきりと姿を得た鬼火だった。いつの間にか群れ始めている彼らに敵意も殺意も無く、そのため易々と囲まれてしまったのだろう。その強さはスライムと同等、或いはこの形に上手く浸透していなければそれ以下にもなり得る。しかし如何せん数が多く、全て相手取っていれば他の妖に気付かれてしまいそうだった。
「ルカ、君の呪術で何とかならないか!?」
「ショタオンリーで取り扱うのはちょっと罪悪感が……」
「敵意も無いのに戦う必要はありませんわ、何か興味を惹くものをっ」
「えっと、おじさんからもらったクッシャクシャの薬草……?」
「誰がもらって嬉しいかなそれ!?」
鬼火の子どもたちの気を引くためルカがバッグを改めて探るものの、一度整理するべきだと自らに呆れてしまう。これでは脱稿前のデスクのようだ。バッグの底から懸命に引っ張り出した案も、ユウシャに一蹴されてしまった。森でリザードフォークも泣いている事だろう。
「じゃあお金でも撒いてみる?」
「ダメダメ仕舞って! 何も無いのは分かった!」
「ルカ、ユウシャ! 何か来ます……!」
リノの警告に漸く二人が辺りを見渡す。村を囲んでいた木々が不自然に揺らいでいた。
何かが風を作っている。大きく黒い、何かが。
「カラス?」
艶やかな漆黒の翼を振るう度、木の葉が散った。ただ一羽のカラスが、こうも大振りな木々を揺るがすことが出来るだろうか。一行が恐怖を感じる一方で、鬼火たちは強い風に揺られ喜んでいるように見える。
「違う、カラスじゃない……あれは、あれはまさか……っ
烏天狗!?」
「煩い。人は煩くて敵わん」
黒いシルエットの全貌が確認出来るほど距離が縮まれば、現れた黒い髪の青年のこれまた黒いくちばし状のマスクと山伏装束から、ユウシャがその口で正体を導き出した。対し烏天狗は、その一言で鬱陶しそうに顔を歪める。カラスのような黒い足を地に着け、大きな羽を閉ざしてもなお漂うその威圧感に冷や汗が背を伝った。
「鬼火に手を出すな。ここを去れ、人の子」
「か、彼らに対して敵意はありません!」
両手を上げ、烏天狗の言葉を丁寧に否定しながら、ユウシャは考える。烏天狗ともなれば、そのランクは傘さし狸や猫又の比ではない。C+、或いはB-。ライカンスロープも正直自分の敵う相手では無かった。烏天狗は真っ当に相手をしてはいけない。かと言って、ここまで来て逃げ帰って借金生活に明け暮れるのか? それは嫌だ、何とかこの状況を打破しなければ。
その隣で、ルカも考える。どうやら烏天狗は鬼火たちに懐かれているようだ。ショタおにって犯罪ですか? 私はセーフだと思うのだけれど。でも、保父さん×お父さんの方が好みね。
「煩い、煩いって! 大体そっちの男が最善策考えてるのは分かるけどさ、そこの女何言ってるの!?何にせよ絶対今考える事じゃないよね!? 何だか凄く頭が痛くなる!」
「烏天狗の心の声を聞く力が仇となっているようですわ!」
烏天狗に聞こえていたのが実際の声と心の声、両方であったのならうるさいと嘆くのも無理は無かった。勝手にルカの心を読み、勝手に傷付いて頭を抱えている。
今がチャンスと鬼火たちの合間を縫って逃げようとする一行だったが、その考えさえ読み取られてしまえば再び突風が襲い、足を掬われそうになる。飛び上がった烏天狗は鋭い爪の付いた足を、外套も無く捉えやすそうなリノへと向けた。
「リノ……!」
「あぁっ! っう……精霊に、このような……っ許されませんわ……! 皆様、逃げて……!」
両足で彼女の腕を固定するように肩を掴むと、空中へと持ち上げる。爪は生肌に食い込み、リノは足をばたつかせる事で抵抗を試みたが、それでは痛みが増すばかりだ。
逃げるよう指示されたユウシャとルカはと言えば、それに応じる気などさらさら無かった。
「リノを返して!」
「四精霊でも無いというのに、粋がるな小娘!
はは、精霊の小娘が言う通り、贄とし逃げるが賢明だぞ。」
「お、降りてこい! 卑怯だぞ!」
「フン。煽ったつもりか? ああ、煽られた煽られた。全く腹が立つ。
届きたくば北の森の風の精霊に泣きつくがよいさ。最も、間に合うならな。
俺が高く飛び、小娘を地へ落とすその時までに」
ルカはその言葉にトラウマのようにこびりついた、幼少期テレビの液晶越しに見た鷹が亀の甲羅を割る光景が頭に浮かび、青ざめる。震える手を見つめて願った。
「出てきて!何か、何か考えなきゃ……っ考えるから……!」
「てんぐさん、やめて!」
言葉の選択を誤り絶望しているユウシャの後方から、高く可愛らしい声が響く。直後、たちまち風は静まり、リノはぽとりと低い位置から落とされた。
「サヨ……、敵わん、敵わん。行くぞ、鬼火」
地に降り立った天狗は、サヨの登場に慌てふためく鬼火たちを抱え、颯爽と村の外れの林へ飛んで行く。ルカとユウシャは肩に傷を負うリノの元へ駆け寄ったが、サヨと呼ばれた存在に思わず目を向けた。
それは、強い魔力を持った妖でも、絶世の美女でもない。おかっぱ頭を揺らした赤い着物の幼女であった。
「おねえちゃん、けがしてる? だいじょうぶ?
わるいひとたちじゃ……ないよね? だって、わるそうにみえないもの」
そして見るからに非力で、無垢な声色であった。三人に恐る恐るといった様子で近付く姿に、敵意も欺きも感じられない。
「そうね。貴女も悪そうには見えないわ。彼女の傷を癒したいの。手伝ってもらえたら助かるのだけど」
「……うん! こっちのおうち、きて! どこのおうちも、すきにつかっていいんだよ」




