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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
にんぎょうむら
10/88

猫又×傘さし狸


「村同士って、結構離れているのね」


「そう遠くは無いはずなんだけどな、如何せん霧が……あれ、雨か?」


 見通しの悪い霧の中、森沿いの草原を歩き続け数分。辺りには目印になりそうなものも無く、一行が僅かに疲労を感じ始めた頃、ユウシャの頬に冷たいものが触れた。

 それはルカ、リノの肌をも伝い、次第に全員が雨と認識する程に降りかかる。


「参ったな……これ、強くなりそうだ」


「そんなっ、雨が降る気配なんてありませんでしたわ」


「取り敢えず雨宿りするしか無いのかな」



「傘をお持ちでないのか?旅のご一行」



 突然な天候の変化に慌てる一行を見かけた通りすがりの青年が歩み寄った。健康的な肌色の逞しい身体に袴を纏い、その頭上には大きな紅い和傘を広げ、腕にはもう一本の和傘をぶら下げている。


「突然降られたもので……つっても、旅をするなら傘一本くらい携帯しておくべきだよな。ごめん二人とも……」


 旅を始めた者としての自身の詰めの甘さを恥じユウシャが頭を下げれば、ルカたちが励ますより前に、その頭に大きな影が落ちた。見上げれば、視界に大きな傘が広がる。青年は開いたもう一つの和傘をルカに手渡した。


「そういう事もありましょう。どうぞお入りなさい。お嬢さん方はこっちを使うと宜しい。

 それで、どちらまで?」


「有難いんですが……、俺たちこれから『人形村』に行くんです」


「結構結構。お連れしよう」


 住んでいた者すら逃げ出した村への同行を快く応じた青年に、一行は驚いた。そんな心情を余所に、青年はユウシャの肩を抱いて『人形村』へと歩き始める。

 青年の言動に訝しげであったルカとリノも、相合傘の男二人を見て満足げに後ろを歩き始めた。


「俺たち『製錬の村』から来たんですけど、結構遠いんですね」


「いやいや、そうか。あと少しというところ。惜しかったね」


「でも、本当に急な雨でしたわ。私が気付かないなんて……、

 そういえば、雨の怖いお話をご存じ?」


 青年の意向を探るべく、警戒心を探られぬようユウシャが気さくに話しかける。青年もまた、好印象で爽やかな言葉を返した。一方のリノは水を司る精霊でありながら迫る雨雲を感知できなかった恐怖からか、その人懐っこい笑顔に幾分か気を許した様子で一つのお伽噺を紡ぎ出す。


「とある親子が山の中で山草を摘んでいたところ、突然雨に降られましたの。

暫く大きな樹の下で雨宿りしていますと、そこに優しいお顔の男性が、大きな傘を持ってやって来ます。お父さまが事情を話すと、男性は快く傘に二人を招き入れ、居住区の村まで送るよう言ってくださいました。

 山の帰り道を三人で歩きますが、行けども行けども村には着かない。子どもは疲れて座り込んでしまいます。でも、傘を持つ青年とお父さまは歩みを止めません。叫んで呼び止めようと、後ろ姿は小さくなるばかり。

子どもが一人わんわんと泣いていますと、丁度村の人がそれを見つけて、村へ連れて帰りましたの。

 

お父さまは帰って来ませんでした。山を探しても、隣村に聞いても、見つかりません。子どもに経緯を聞いて、村の少女が恐ろしそうに呟きます。


「お前のととさまはね、狸に連れていかれたよ。だってその日、お山も村も、雨なんか降ってなかったもの」


 …と」


 あまりに現状と酷似した話に、ユウシャの顔が引き攣った。青年は穏やかな表情のままだ。ルカが気を張り傘の柄を握りしめると、ふと青年が歩みを止める。


「面白い話でした。あっという間に着きましたねえ」


 目の前には木と瓦で出来た門が聳え立ち、その先には仄暗く家々が立ち並ぶのが見えた。不穏な状況に怯えこそすれ、一先ずお伽噺のようなバッドエンドにはならなかった事に、一行は胸を撫で下ろす。


「ありがとうございました。助か……、?」


「さぁ、無事雨を凌がせ目的地へ送り届けたのだ。渡すものがあるだろう」


「っそ、そうね、お礼をしなければ失礼ね……。えっと、ユウシャ。何か持ってる?」


 当然の要求とは言え、少々傲慢な態度を取る青年に普段能面のルカも引き気味だ。腰の鞄を探っていると、青年がズカズカと歩み寄りその鞄へ手をねじ込む。


「きゃっ」


「ルカッ!」


「しらばっくれたって無駄だ。ずっと匂っていたぞ……、甘味の匂いがな!」


 取り出したのは食べかけの泉銘菓『濡れ焼き菓子』であった。ルカを庇うようにユウシャが前へと立ちはだかるが、彼女自身には最初からまるで微塵の興味も無かったかのように、青年は袋を漁る。残り少ない菓子を摘まみ上げると、口に放った。


「あー……むぐむぐ。ぶはっ!? まっっず!」


 咀嚼した菓子を吐き出すのと同時、青年の頭から茶色く丸い耳、臀部からは茶色くふっくらとした尻尾が飛び出す。


「あ! タヌキ!!」


「これが……泉の効能!」


 キリッと凛々しく表情を引き締めたリノがそう告げるものの、悪しきものの正体を暴く効能など泉に無い。単に不味かっただけである。


「よくも……よくもこんなものを食わせたな! 許さないぞーっ!」


 甘味を前にした辺りから崩れ始めた口調と可愛い尻尾は、逞しい男の身体や剥き出しの牙と相反しておりアンバランスであった。良く言えばギャップ萌えであると後にルカは語る。

 傘を捨て、四つん這いになり今にも飛び掛からんとする狸の青年に、ユウシャは震える手で剣のグリップを掴んだ。

 鋭さを増した剣は強力な武器であったが、鍛冶屋が述べたように切っ先が自らに向けば大怪我を負うだろう。そして敵対する相手も、自身の匙加減一つでその命潰える事となりかねない。そんな躊躇を感じ取ってか、狸の青年はユウシャへと襲い掛かる。


「はっ!」


 剣を抜かなくては。ユウシャが遅すぎる判断を下したところ、リノが隣で素早く杖を振るった。途端バスケットボールサイズの水の玉が数発飛び、狸の青年の脇腹へぶつかっていく。たちまち吹っ飛んだ青年は雨で元よりぐずぐずに濡れていた土の上に転がった。


「っぐ……お、まえ……っ、水のっ」


「ええ、ええ! 貴方の呼んだ雨は私の力になりますわ、傘さし狸?」


「やっぱり、お伽噺のモンスター! すみませんっ、助かりましたリノ様!」


 青年がただの化け狸で無く、事象の概念や人々の思念から生まれたモンスターと悟れば、ユウシャは意を決し剣を抜刀する。

 傘さし狸も水の弾程度で戦闘不能にはならず、ゆらりと立ち上がって傘を握った。


「やっぱ、良いよなあ……弾ってのは。腹の底から……

 

憎悪に満ちる」


 真っ赤な傘を閉ざした瞬間、木の葉が舞って煙が漂う。煙から現れたのは和傘ではなく、小銃であった。その銃口は迷いなく一行へ向けられる。


「ラ、ライフル!? 遠距離攻撃は石が限界だろ!? ってか無理、撤退!」


 人間より知能の低いモンスターが使用する武器など限られると考えていた。まさに人類の叡智が生み出した利器を使用せんとするならば、ユウシャは逃げ腰になる。


「いいえ、撤退は致しません。彼もまた過去に人々から命を奪われた者。正々堂々向き合いましょう」


「いや向き合ったら死ぬんですー! あいつ一人だし、ルカも呪術を唱えられない!」


「最悪ユウシャを触媒にする!」


「最悪だよ! それ俺も食らうし……っうわっ! うわっ!!」


 撤退の二文字を一蹴してしまう女性2名に、事の重大さを理解していないのかとユウシャは頭を抱えた。否、抱えようとした。傘さし狸の猛撃は既に始まっていたのだ。

 幸い足元に飛んだ弾に飛び跳ねて慌てるユウシャに、リノが寄り添う。


「その剣で弾を切りなさい」


「無理ですっ! 見えないですっ!」


「見えれば切れるのですね。でしたら加護を」


 今度は外さぬようにとユウシャの顔へ照準を合わされた銃口から、弾が飛ぶ。その直後、弾とユウシャの間に水の壁が立ちはだかった。

 いくら精霊の加護とあれど、水の強度であれば鉛弾は突き抜けるだろう。しかしその速度は、


「っ遅い!」


 ユウシャが距離を捉え、剣で切り裂ける程度まで低下していた。

 立て続けに放たれた当てずっぽう弾も難なく切り落とすと、弾切れのライフルが和傘に戻る。


「あ、あ……っ弾が……っ」


「やった……! 終わりだ! 観念し―」


「あー! タヌキちゃん、お菓子食べちゃったのぉ!?」


 傘さし狸との戦闘に夢中になっていた事も要因ではあったが、全く気配も気付かぬうちにもう一匹、戦闘の地へ招き入れてしまっていたようだ。三毛柄の尖った耳に二又に裂けた紐状の尻尾。のんびりした声の青年は、空になった袋を振って狸へ走り寄る。


「ねっ、ネコくん! なんで外にっ」


「僕の分はぁ?」


「え、えっとえっと、

あの人が食べちゃった!」


 苦し紛れに狸が指差したのは、ルカだった。ネコくんと呼ばれる三毛猫の青年は、瞳孔の尖った瞳でルカを捉える。


「そうにゃの?」


「ええ、まあ」


「素直だな!」


 青年の手は三毛柄の毛が生え、人というよりは猫に近い。ルカの返答に、その丸い手の先から尖った爪が顔を出した。


「へぇ……じゃあお仕置きしなくちゃな。タヌキちゃんの事もイジメてたみたいだし」


「やばっ逃げろ、ルカ……ッ!」


 駆け出す速さだけは狸を凌駕し、ライカンスロープにも届き得た。リノの加護も、攻撃も間に合いそうにはない。三毛猫の青年は地を蹴り跳ね上がり、ルカに飛び掛かる。

 しかしルカのその手には既に、スケッチブックと羽ペンが握られていた。


「ッ……、イケメンチャラ()猫のワガママに振り回されながらもそんな彼に惹かれていくのを止められない男前健気狸! あ、この猫は本来の意味の猫です」


「は?にゃに……」


「その逞しく従順な身体と心はワガママな愛情に満たされていく……

大好きが上手く伝えられない切→甘展開、猫又×傘さし狸!」


「ヴニャァーッ!」


猫又に精神的大ダメージ!


「は……! もうこれ、一冊出来ちゃってますわね!? 神……純愛尊い……刷らなきゃ……すでに重版出来……」


「さっきのでIQ使い切っちゃったかな……?」


 果たしてルカの呪術には精霊の知能を低下させる力があるのだろうか。間違いなく言えるのは、覆いかぶさっていたモンスターには効果てきめんだったという事だ。

 思わぬ精神攻撃に吹っ飛んだ身体は、丸まって泥土に沈む。傘さし狸は猫又の傍に屈み込み、和傘を白旗に変えパタパタと振ってみせた。





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