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パラダイムシフトスケッチ  作者: ハタ
はじまりのそうげん
1/88

転移×はじまり

 その日、ルカという一般的成人女性は草原で目を覚ました。


 掛け布団を捲って、身体を起こす。見渡す限り、青く生い茂る草原。その先にようやっと見えるのは木々ばかりである。これは、可笑しい状況だった。

 昨夜の事を思い出してみる。仕事を終え、一人暮らしのマンションの一室へといつも通り帰ってきた。お風呂に入り、作り置きのおかずを温めて食べ、食器を洗うと歯磨きをして、来たる同人作家たちの祭典に向け原稿を進めて、日にちが変わる頃布団に潜る。

 ごく僅かであったとてその日常生活を覗けば、彼女が何の変哲もない、趣味をしながら一人暮らしを満喫し、その生活に差し支え無い職を持った女性であると分かるだろう。


 ルカは未だ動転する頭で考えた。原稿と向き合う時は決して酒など飲まない。地震、火事等による突然の死。それはあり得た。ここは天国か?頬をつねると痛かった。

 布団から這い出てみると、昨夜着たパジャマのままの自分が現れる。


「……あら?」


 ひとつ変わっていたのは、髪の色。前下がりのふわふわの髪は、黒から淡い桃色へと変化していた。一つの言葉が頭に浮かぶ。


 異世界転移。


 そんなライトな小説みたいな事があってたまるか。ルカはもう一度布団に潜った。現状を喜べるほど現実世界に嫌気がさしているわけでもなく、趣味も充実しているので元の世界へ帰して欲しかったのだ。


「ひゃっ!」


 しかしそう簡単に夢の世界への転移は叶わないらしい。冷たくぬめった何かが足元から這い寄り絡みつく感覚に飛び起きる。

 掛け布団をふっ飛ばしてその正体を目視してみれば、それは海のように青く照る液状生物―スライムだったのだ。


「なんて典型的なの」


 驚いたのは突然の接触に対してのみであったようで、対峙してみればルカはかなり冷静な振る舞いを見せた。突いたり、摘まんだり。すぐに元の形へ戻ってしまうそれを足に乗せたまま弄っていれば、やがてその一部が湧き水のように盛り上がり、12歳前後の少年の顔のような造形を成す。


「お嬢さんっ危ない!」


 あまり攻撃的には見えないスライム少年と見つめ合っていたのも束の間、いつの間にやら慌てた様子で草原を駆けて来た青年が、声を荒げてルカへ警告を発した。青年は短く切り揃えたココナッツカラーの髪を風に撫でられながら、やや釣り上がった物珍しい紫の目を煌めかせている。風貌はいかにも異邦の冒険者といった様子で、赤いマントを翻し、(馴染の無いルカにとっては)高価そうなブロードソードの切っ先を、スライム少年へと向けた。

 一方警告を受けたルカは、ただただ押し黙ってやって来た青年とスライムを交互に見つめるに至る。


「こんな所で寝るなんて余程度胸があると見える。しかし、そう無防備とあらば話は別だ! か弱き乙女を襲うスライムめ、首を切り落としてくれる!」


 凄みのある顔で剣をぐっと握りしめる青年。対するスライムも警戒を強めるようにぶくぶくと泡を立てて膨張を始める。風が草原をひと撫でしたその時、響いたのはその場に似つかわしくない、鈴のような笑い声だった。


「ふふっ……貴方、スライム一匹に何をそう恐れているの」


「え!? っいや、だって……こいつら、人を襲うよ!?

 最近彼らの間で人間の服を着て個性を出すのが流行ってるんだ、君も身包み剥がされるぞ!」


 ルカの自分より幾分も落ち着いた言葉に、青年は思わず赤面する。それから慌てて弁明を始めるものの、先程までの風格ある口振りとはまるでかけ離れていた。

 それがまたルカには面白くもあったが、続く言葉には緩んだ頬をきゅっと引き締めて、口を結ぶ。


「身包み、剥がされる……?」


 ルカの目が見開かれた。


「そ、そうだよ! だから早くやっつけないと……」


「執拗に怯える青年。伝説の勇者に憧れ旅を始めた平々凡々な村人と見たわ。

 最初はスライムでレベル上げ、と安易に考えたものの、付け焼刃の装備と未熟な技術力は複数個体を相手取るには無理があった。すぐに服は取り払われ、剥き出しの身体は…」


「ま、待った! 君はさっきから何を言って……?」


「……そう、つまり。スライム×駆け出しの冒険者!」


「ぐうぅっ!!」


 ルカが声を張り上げたその時、青年とスライム少年に大きな精神的ダメージが入った!


 彼女はごく一般的と述べていたが、ここで一部撤回させてもらおう。彼女はBLをこよなく愛する腐女子であったのだ。

 その場に崩れ落ちる一人と一匹を前に立ち上がるルカの手には、いつの間にかスケッチブックと思わしきA4サイズのリングノートと羽ペンが握られている。


「それは……呪術、書……!?」


「……これは、何だ? ……違う、こほん。いいえ。言うなれば創世者の設計図。新たな世界の、希望の光……」


 折角可笑しなファンタジーワールドへ迷い込んだのだ。格好良い言い回しをしてみたくもなる。しかし、その言葉に同調するように濃紺のスケッチブックと白い羽ペンは神々しく輝きだした。


「ありえない…っ。男同士の恋愛とか、ありえない!!」


()()()()()と言うならば、革命を起こすわ。

 因みに私はリバもアリ。最弱のスライム少年が冒険者の寵愛を受ける事も良しとしましょう」


「ぐっ……! やっぱり、呪術じゃないか……何言ってんだか、さっぱ……り……」


 その言葉を最後に、這いつくばっていた青年はとうとう草原に突っ伏し、スライムは持っていた金品の一部を残し、どろどろに溶けて土へ染み込んでいく。天晴、ルカの一人勝ちであった。




 気を失っていた青年が目を覚ますと、目の前には青い空が広がっていた。しかし捨て置かれた、という訳でもない。自身が寝かされていたのは柔らかく甘い匂いのする羽毛布団の上だったのだから。


「俺は……気絶していた、のか……?」


「戦闘不能状態だったんでしょう。眠ったら全回復するものなの?」


「君……! あれ、呪術書は、」


「消えちゃった」


 女性に至近距離で顔を覗き込まれるなら、年頃の青年であれば喜びそうなものだが、恐ろしい呪術を見せられた今となっては飛び退いて怯えるしかない。しかし敵意があるわけでもない女性に、そんな状態は長く続かなかった。

 発現させたり消したりする事が出来る武器。青年は顎に手を当て暫し考える素振りを見せる。彼女自身も嘘偽りなく、原因が分からない様子に伺えた。


「たまに、強い魔力や想像力を持つ者が、武器を具現化するらしい。自分の中から生み出せるんだ。自らの身体の一部を武器にする者もいるとは聞くが…それはもうモンスターと相違ないだろうな」


「ここのモンスターって、人間の敵なの?」


「いや。全てが全てってわけじゃないけど、襲ってくるヤツもいる。モンスターってだけで一方的な戦いを持ち込んで戦利品を獲たり、戦の経験を積んだりする人間もいるけど、俺は大体攻撃的なモンスターへ勝負を挑んでるよ。

 って君、この辺の人じゃない? じゃない……よな。俺、ここに結構いるけど、こんなきれいな髪の人、近場の街でも見た事ない。冒険者って装備でもないし……何で、こんなところに?」


 青年の説明で、ルカはこの世界が比較的平和であると理解した。

 そこそこ整った顔立ちに、何より綺麗な紫の瞳を持った青年の純粋な褒め言葉に恥じらう様子も一切なく、今度は丁寧に返答として自らの状況説明を試みる。


「うん。私、この世界の人じゃない。モンスターなんて初めて見たし。普通に寝てたのよ。いつも通り、普通のマンションの一室でね。それから目を覚ましたら……こんな野原に布団ごと放り出されていて。

 可能であれば、いち早く元の世界に戻りたい。転移者って元の自分に不満があったりするのがセオリーかしら? 私きっと、それではないの」


「転移者!?うん…うん。おとぎ話でしか聞いたことが無いよ。本当にいるもんなんだな。しかも結構、俺たちと変わらないじゃないか。いや、まあ……恐ろしい呪術はお持ちのようだが。

 転移者って言ったら……そう、何か使命があって転移させられたってのがよくある話だ。そんで、それさえ済ませれば元の世界に戻れる。

 こっちでは幻の英雄として称えられて……なんて、可哀想なもんだよな。勝手に人生決められてさ」


「……へえ。不思議ね。貴方は英雄を夢見る冒険者だと思ってた」


「……そう、そうさ。でも、自分で決めた。

 こんなところで長話は良くない。時期に日が暮れる。近くに街があるから行こう。悪いけど、俺馬とかは持ってないから、飛行能力が無いならその布団とはここでお別れしてくれ」


 初めて落ち着いて意見を交わし合えば、話は尽きないだろう。見知った景色と置かれた状況をどちらかと言えば理解している方である青年がそれに制止をかけ、最適解と思われる提案を述べる。

 ルカは現代の良識から“不法投棄”の4文字を頭に浮かべたものの、これに応じざるを得ず、彼と共に彼の言う街へと歩き出したのだった。




 

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[良い点] 腐女子が転移とは斬新だと思いました! [気になる点] 行のはじめは字下げした方がいいと思います。 それ以外にも文法的なミスがいくつもありました。 [一言] まさかBLが呪術になるなんてw …
[良い点] 情報ノイズが少ない。 1度に出す人数が適切。 適切な文字量。 [気になる点] 文章作法が守れていない。 行間空けをしていない。 適度な改行が無い。 会話がやや不自然。 [一言] 読むのは苦…
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