無能と語り継がれる女王の葛藤
立派なドレスを身に纏い頭にはティアラを乗せ、広い会議室の上座に座り、各々の話に耳を立てていた。
「次、隣国との交渉はどうなってるの?」
「こちらは難航しておりまして」
手ぬぐいを取り出して額の汗を拭く男性に対して私は怒鳴りつけた。
「二か月間何をしていたの? 一か月前も同じ言葉を聞いたわ。何がどのように難航しているのか具体的に言いなさい!」
「そ、それは。隣国の外交官と取り付くことができなくて、様々なコネを利用しているのですが、それでも席を設けてくれないのです」
「そのコネとやらを私に教えなさい。どこの誰なの?」
「それは企業秘密です……こちらとしてもどこに聞き耳を立てている人がいるかわからないですから」
都合が悪くなれば企業秘密。月に一度行われる会議までに成果を上げることができなければ、その日の会議は乗り越えるための言葉を次々と繰り広げるしかないのだろう。
「良いわ。自国の王族にも言えないコネなんて、危険分子でしかないわ。本日をもって貴方は貴族位から降格処分よ」
「な! ちょっと待ってくださいシャンデリカ女王。あと少しなのです!」
「何があと少しなの?」
「り、隣国の商人の中に王族と直接取引をしている人と先日知り合いました。現在様子を見ている状態で、隣国の王族による集まりがあればその場に私も呼んでくれるとのお話です」
「ならその商人の名前を言いなさい」
「私が言えるのはここまでです。その人の名前をこの場で言うわけにはいきません」
そう言って頭を下げた。男は出せるカードを切ったと言った感じだろう。
「王族の会食に、その隣国の外交官は必ず来るの?」
「そ、それは……」
その言葉に男は黙り込んだ。
「決定ね。貴方は本日から貴族位を剥奪。元々商人として名高いのだから、元の生活に戻るくらい簡単よね」
「そ、そんな……」
☆
月に一度行われる貴族と王族が集まって情報を共有する会議が終わり、速足で自室へと向かっていた。書類は山のように残っていて、それを今日中に終わらせなければ明日の取引に間に合わない。
そんな事を思っていたら、裏庭に一人の女性と、小さな少女の姿があった。
「あらシャンデリカ。貴族会議は終わったの?」
「シャムロエ大叔母様……と……」
シャムロエ大叔母様に抱っこされているのは私の実の娘のシャーリー。まだ生まれて間もなく、朝は泣き、夜は泣き、そして何を考えているのかわからない表情を浮かべて、私の顔を見ては突然笑い出す。
「会議が終わったなら娘と遊んであげたら?」
「失礼します。職務が残っているので」
「それでも母親?」
「シャムロエ大叔母様のように不老不死であれば、時間について考えずに仕事をして娘にかまってあげるくらいの時間はありますが、そうもいかないので。それに、私の先祖だけあって大叔母様の顔は私とそっくりです。シャーリーを育てる上で問題無いかと」
シャムロエ大叔母様は見た目は二十代前半……いや、十代後半くらいの容姿にして、すでに数百歳を超えている。私よりも年上なのに、私や私の母親の方が老けている。
「だいぶ荒れているわね。でも今の娘の状態を見れるのは今だけよ。それにさっきからこの子は貴女に触りたくて手を伸ばしているわよ」
娘のシャーリーを見ると私に向って手を伸ばしていた。その行動が何なのか、私には理解できない。
「他国間の王族による握手は大きな意味があります。が、親子の握手はただの接触。今は一秒でも惜しいのでこれで失礼します」
そう言って去った。
すると背中の方から泣き声が聞こえてきた。
☆
婿として来た人は結婚してすぐに戦争によって亡くなり、両親も流行り病で亡くなってしまった。
唯一両親が残した制度を利用して色々な情報を頼りに、流行り病に効く薬や国の運営を維持することができた。
幸いにも大叔母様が不老不死故だから子育てを任せることができた。仮に大叔母様も流行り病で亡くなっていたら、私はどうなっていたのだろうか。いや、引き継ぐべき娘すら流行り病で亡くなったらそれこそこの王国は消滅してしまう。
『失礼します』
ドア越しに声が聞こえた。城の使用人の声だ。
「どうぞ」
「お茶をお持ちしました」
「そう。そっちに置いといて。今資料で机が散らかってるの」
「かしこまりました」
そう言って使用人は少し離れた小さな机にカップを置いて、お茶を注いだ。
「差し出がましいと思いますが、少しご休憩をされた方が良いのでは?」
「休憩ならしたわ。さっき裏庭で大叔母様と会話したわ」
「そういうものではなく、ゆっくりとお茶を飲むなどをされて、何も考えない時間を作った方が良いかと」
「そうしたいけど、まだできないわ。夫が亡くなった今、国の全てを任されている以上はやりきらないと、国民が減ってしまうわ」
「そのための貴族制度では?」
貴族制度は、私の先祖が作り上げたもので、私の家系以外の者に一部特権を与えて、色々な仕事をしてもらうという物だ。
仕事内容も責任はかなり大きい物ばかりだが、報酬として多くの金貨が渡される。
「今日、外交担当がいなくなったからその仕事もしないといけないの」
「いなくなった……もしかしてまたですか?」
また。そう、またである。
貴族制度自体は良い制度だと思う。単純に私の負担が減る制度だからだ。
が、貴族に選ばれた者は最初こそ真面目に仕事をするものの、日に日に仕事が雑になっていく。原因はその多額な報酬で、受け取った日から新しい遊びを覚えはじめ、次の報酬を得たらさらに新しい遊びを覚えるという者が数を絶たない。
報酬額を減らせば、他の貴族との差が生まれたと抗議され、全体を下げればちゃんと働いている貴族にも影響が出てしまう。
他の貴族との差が生まれてしまうという抗議を無視すれば、貴族間でも上下関係が生まれてしまい、外交に影響が出る。『あなたは貴族の中でも何番目の人ですね』と言われたら言い返せなくなる。
故に報酬額は一緒。だからまともに働かない貴族は減給では無く排除である。元々それなりの地位にいた人物だから、元の生活に戻れるだけだ。家も無い人と比べたら全然マシである。
「悪いんだけど次の候補を探してもらっても良いかしら」
「商会の中はすでに候補がありません。唯一候補に挙がる人と言えば『寒がり店主の休憩所』の店主ですね」
「ああ、あの昔からある宿屋の。確かこの国の領地内の村にもいくつか店を持っていたわね」
資料を片手間にその宿屋について考えた。昔から城下町にあるため、それなりの歴史のある宿屋……くらいしかわからない。
「わかった。この資料を方付けたら城下町の宿に行くわ。突然行くと迷惑になるから事前に連絡してもらえる?」
「かしこまりました」
そして使用人は頭を下げて部屋から出て行った。私はコップのお茶を一度で飲み切り、目の前の資料を一つ一つ慎重に片付けるのだった。
☆
夕方になり護衛を数名連れて城下町に出た私は、寄り道などせずにまっすぐ『寒がり店主の休憩所』へ向かった。
もちろん護衛に囲まれているため、城下町の住人は私達を見つけると道をあけて頭を下げている。別にそこまでかしこまる必要はないのだけど、それを皆に言ってたら時間が無くなってしまう。
「こちらです」
使用人に案内され、到着した。宿の存在は知っていたが、来たのは初めてだ。
『寒がり店主の休憩所ーガラン王国城下町店』
そう看板に書かれてあり、他にも店がある事がわかる。
「失礼するわ」
そう言って扉を開けると、広間らしき場所が目に入った。
食堂も兼ねているのか、壁には料理の内容がいくつも書かれてあり、机や椅子が沢山並んでいた。
「客がいない?」
そうつぶやくと、部屋の奥から一人の小さな少女が出てきた。
頭と体には布をぐるぐると撒いていて、かなり厚着の服装。うっすらと見える青い髪と赤い目だけがその少女の生身の部分という感じだ。
「客がいないとは失礼ですね。王族の急な訪問に本日のお客様を急遽別の宿に泊まるように手配したのですよ」
他の宿との連携も良好。
訪問の連絡をしたのは今日の昼間。そこから手配して全員別の宿に移動させたのであれば、かなりの行動力と広い交流関係を持っているということだろう。
「連絡は聞いたと思うけれど、改めて私からお話させてもらうわ」
「結構です。せっかくの申し出ですが、ワタチは貴族になりません」
これは……想定外だ。
今まで貴族の話を持ちかけたときは、その場で決定する人が多かった。故に即否定する人は初めてだ。
「あまり外部には言いにくい内容だが、報酬は知っての通り高額。仕事内容は主に他国間の取引の席で交渉。仕事に応じて報酬に加えて宿の建て替えを国が行うわ」
「この宿の修繕をやってくれるというのは魅力的ですが、それでもワタチの負担が多すぎます。残念ですがお帰りください」
その瞬間、使用人が隠し持っていたナイフを持って叫んだ。いわゆる護身用のナイフである。
「貴様、女王の前で失礼だぞ!」
「失礼なのはどっちですか? 突然の拒否権の無い訪問。しかもそちらの『大叔母様』が突然来て交渉してきたのですよ。営業妨害も良いところです」
「大叔母様が?」
そう言うと、奥の部屋から大叔母様が出てきた。
「どうして大叔母様が? というか余計なことはしないでください。王族の権利は持っていますが、公務をするには私の許可が必要です」
「そうなんだけど、残念ながらこの店主だけはそうもいかないの。どうせ貴女は書類整理を終わらせてすぐに護衛を呼んでここに来るだろうから、問題が発生する前に私がおせっかいをしただけよ」
「書類仕事と交渉は無関係です」
そんなやり取りをしていると、店主は大きく手をパンっと叩いた。
「王族間の喧嘩をワタチの宿でやらないでください。ただでさえ本日の売り上げが無くなった上に周囲の宿にそれぞれ貸しを作ったんです。貴女は交渉ではなく親族とここで喧嘩をしに来たのですか?」
「それはっ!」
大叔母様がいたからこうなっただけで、別に喧嘩をするつもりはなかった。
想定外だったとは言え、もしも受け入れないと言われた場合の交渉材料も持ってきていた。全ては大叔母様がいたから言い争いが起こってしまった。
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ございません。それで、どうして店主殿は引き受けてくれないのでしょうか」
「先ほども言いましたが負担が多すぎます。それにワタチはこの国以外にもこの『寒がり店主の休憩所』を持っています。もしもこの国の貴族になり外交の職を行うとなれば、大陸のバランスが崩れます」
領土内に店があるのは知っていたが、まさか隣国にもあるとは聞いていなかった。
いや、これは我がガラン王国にとってとても好都合だ。隣国と直接接点のあるこの店主は他の貴族以上にすでに基盤ができている。どうにかして貴族になってもらいたい。
「大陸のバランスが崩れるとは大きくでましたね。確かに各国に宿を構えていれば、色々な情報を持っている。つまり、それらを独り占めできるということかしら?」
「そうです」
「自信があるのね。ただの宿の経営者なのに」
そう言うと少女は溜息をついた。
「貴女の大叔母様、シャムロエ様のような王族位の人物が伝達係りという雑用をしたか、この意味をもう少し深く考えたらどうですか?」
言われて気が付いた。そうだ、ここの店主に連絡をしたのは使用人ではなく、大叔母様だ。
公務に深くかかわらないとは言え、位としては女王の一つ下。そうだ、大叔母様は『この店主だけはそうもいかないの』と言っていた。その理由をまだ聞いていない。
と、大叔母様を見ると、額に手を当てて考え込んでいた。そして呆れつつも口を開いた。
「とりあえずそこの護衛は武器をしまいなさい」
「ですが!」
「命令。言葉は分かるわね?」
命令?
本来王族が出す命令は重要な物だ。
物を取ったりお茶を淹れるなどの『お願い』とは異なり、王族の命令に反した場合は罰せられる。
武器をしまうという今までありえない程単純な命令は聞いたことが無い。仮にあるとすれば使用人が他国の王族に失礼な事をしてしまい、すぐに謝罪をしなさいという命令等。
つまり……この店主は、その位の人ということ?
「大叔母様、この方は一体」
「交渉は失敗よ。全員城に戻りなさい。これも命令よ」
「大叔母様!」
私の言葉を遮るように兵達に命令をする大叔母様。そもそも大叔母様は命令をほとんどしない。それをこんな場所で二回もした。
私は何を失敗したのか理解できなかった。
護衛や使用人は戸惑いながらも宿を出て行った。おそらく少し離れたところで待機をしているのだろうが、この場には私と大叔母様、そして店主だけになった。
「悪かったわねフーリエ。今回ばかりは迷惑をかけたわ」
「そう思うなら税金を引き下げてください。ここに一店舗構えるよりも少し離れた場所に三つ構えた方がまだ安いんですよ」
「それは……私が困るから。ね?」
「はあ、わかりました。あとワタチを名前で呼ばないでください」
どうして宿屋の店主が王族である大叔母様と対等に話をしているのか、理解できなかった。
「大叔母様、この方は一体何者なんですか?」
「せっかくだから紹介するわ。この子は……」
☆
目の前の書類に名前を書き、一つため息。書類をめくってそこにも名前を書いて一つため息。
今回の交渉は今までで一番の失敗だったと思い、頭の中がグルグルと周っていた。
「三大魔術師なんて聞いてないわよ!」
三大魔術師。大陸に存在する三人の大魔術師の総称で、決まり事としてこの三人は国に深く干渉してはいけないというものだ。
仮に三人の内一人が国に配属すれば、戦争で勝つことができる。それくらいの力を持っていると言われている。
「まさかそんな存在があんな所で宿の経営をしていたなんて、想像できないわよ」
「そうね。それと今の独り言は外部に効かれると危ないから気を付けなさい」
突然後ろから声が聞こえた。そこには大叔母様が立っていた。
「いつの間に!」
「しっ! やっと寝たところなのよ」
「寝た?」
大叔母様の腕を見ると、そこには小さな赤子が気持ちよさそうに寝ていた。
「シャーリー……はあ、せめて後十六年。この子が大きくなるまでは弱音を吐かないようにしていたけど、心が折れそうです」
「これでもかなり大きくなったのよ? というか重いのよ。ずっと持っていると腰が痛くなるくらいの重さになったのよ」
「そうなんですか?」
そう言った瞬間、大叔母様はシャーリーを私に渡してきた。
「王族としての仕事は頑張っていると思うけど、母親としては失格ね。むしろ貴女には娘がいないと言っても過言では無いわね」
「え、その……」
「娘の体重について聞いて『そうなんですか?』って良く言えたわね。今日のフーリエとの交渉が失敗することは目に見えていたけど、それにしたってひどすぎたわ」
大叔母様は見た目は私よりも若い。だが、数百年を生きている。おそらくその間の王族、つまり私の親や祖父母の代も知った上での評価なのだろう。
大叔母様からの評価で落ち込んでいると、先ほどまで目を閉じていたシャーリーが目を開けて私を見た。
「うあ?」
「そうよ。お母さまよ。ほら、シャンデリカ、シャーリーを抱っこしなさい」
「え、は、はい」
そう言ってシャーリーを抱きかかえると、その重さがずっしりと腕に伝わってきた。シャーリーは予想よりもおとなしく、ジッと私の顔を見て、時々笑ったり、顔のどこかをジッと見たりと、不思議な行動をしていた。
「将来この子が女王になった時に頼る相手は私ではなく貴女なのよ。そんな貴女が幼少期から面倒を見ないでこの先どのように教育するのかしら」
「ですが、私は国を治めることで忙しく、子供の相手をする時間なんて」
「なるほど。貴女は子育てを甘く見ているわね。国の運営と赤子の面倒を見るのと、どっちが大変か、この一週間じっくりと体験しなさい」
☆
一週間。
私は大叔母様の命令……というより、説教により、シャーリーを『母親として』育てることになった。もちろん同時に国の公務も行わなければいけない。
最初は『子育てする時間が無い』と言っていたが、今は違っていた。
「予定していた井戸の完成ですが、一週間だけ延期させていただきます」
「ぶっ飛ばすわよ!」
「ひい!」
私は目の前の貴族にブチギレていた。
「飲み水の確保はかなり重要な案件よ。本来一日や二日の延期すらも許されないのに一週間以上の延期は許されないわ。即刻工程の見直しと従業員の中でサボっている人がいないか調査しなさい!」
「で、ですが、他の井戸もまだ使用できる状況で、一週間の延期程度では問題無いかと」
「他の井戸が突然爆破したらどうなるの? そしてもし城下町で水不足が発生したら貴方は責任を取るのよね!」
「ば、爆破!? いやいや、そんな唐突にありえませんよ。どうしてそんな発想に……」
その瞬間だった。
「わあああああああああああああああああああ!」
抱いていたセシリーが突然泣き出した。
「ああああああ! よーしよし、ごめんなさいね。大声で驚いたわね!」
必死にあやすも、セシリーが泣き止むことは無い。
「あ、あの、セシリー様をここに連れ出すのは非常に……」
「この子は王族よ。それと今のは確かに私が大声を出してしまったから泣かせてしまったけど、もしもこれがさっき言った『井戸が突然爆発したら』というたとえ話が現実だった場合、貴方はどうするのかしら? この子が突然泣き出すのと同じく、事件はいつ発生するかわからないのよ?」
この会議中でも城下町では食に飢えている人が沢山いる。
井戸水はその飢えている人も使える最重要設備だ。
全員を救うのははっきり言って無理だ。だが、全員を救うつもりで行動するのはできる。
「それとこっちの貴族の資料は何? このやたら長い文章で私の時間を無駄に取らせないで。結局成果が無いまま次の会議までに結果を出しますしか書いて無いじゃない!」
「そ、それはですね……私の見積もりが甘かったという反省もあるのですが、当日馬を調達できなかったということもあり、先方との取引もうまく」
「長い!」
バッサリと会話を切った。
「そうこうしている間に時間は迫っているのよ! 次の会議までという甘い考えはやめて与えられた仕事以上の成果を持ってきなさい!」
「で、ですが、貴族報酬の額面は一緒ですよ……ね?」
一人の貴族がニタニタと質問した。
「金銭面での報酬は一緒よ。ただし、私が貴方達の名前を憶えてたら、どこかの外交もしくは良い縁談の話で貴方達の息子や娘の話を出すかもしれないわね」
その言葉に貴族全員が驚いた。
「当然よね。良い働きをした者の名前は覚えるわ。凄く例えの話だけど、十六年後、この子が結婚できる年齢になった時、誰を婿に選ぶかの選択肢は顔の分かる人かつ誠実に仕事を行った家系が良いわね」
それは、遠回しに王族に入れるという意味である。
その言葉を聞いた瞬間、貴族全員が立ち上がり、急いで自分の仕事を遂行するために部屋を出て行った。
同時に泣き止んだシャーリーをゆらゆらと揺らして、ようやく一息ついた。
「あうあ? あいー!」
「そうね。ごめんなさい。もう大声出さないからねー」
「あうー!」
まるで私の言葉を理解したように笑顔を見せるシャーリー。娘がこれほど可愛いとは知らなかった。いや、今まで知ろうとしなかっただけなのだろう。
同時に後悔が一気に込み上げてきた。今までこの笑顔を見ていなかった。ずっとこの笑顔は大叔母様が見ていた。そう思うと申し訳なさと自分の情けなさが心の底からこみ上げてきた。
「全く、あんな約束をして良いのかしら?」
と、会議室の出入り口に大叔母様がため息をついて立っていた。相変わらず私よりも若く見える。もしかしたらシャーリーが十六を迎えた頃はあんな感じの容姿になっているのだろうか。
「約束はしていないです。ただ、候補として挙がるだけでそこから決めるとは言っていないです。ねー?」
「あい!」
「まあ良いけど。それよりも国の運営は順調?」
「国の運営よりもシャーリーの子育ての方が大変です。どこで泣きだすかわからないし、突然おもらしをするし、寝たと思ったら起きて。以前よりも私の寝る時間が無くなった気がします。これを考えると貴族たちの仕事ぶりがとても残念な物にしかみえません」
「つまり、城下町で子育てをしている家庭は貴族未満ということね」
「な……なるほど」
貴族の行動はある程度予想できる。が、赤子は予想できない。私はまだ一人だから良いけど、これが二人や三人の子供を育てるとなれば……城下町のご家庭は凄いわね……。
と、そんな事を考えているとシャーリーが私の腕から大叔母様の方に向って動こうとしていた。落ちないようにしっかりと抱えていると、小さく何か声を出していた。
「あら、あまりにも私との時間が長かったから、私が恋しくなったのかしら?」
「なっ! シャーリー、貴女という娘は!」
「これはシャンデリカの日ごろの行いよ。子供は素直で無邪気。蔑ろにされたら悲しいわよねー」
「あーうー!」
「意地悪をしないでください。本気で泣きます」
「ちょ! 冗談よ。はあ、一週間で考えが変わると思ったら三日で変わるとは。まあ、あまり私とシャーリーが仲良くなりすぎると怒る人が出てくるから、握手だけにしましょうねー」
そう言って大叔母様はシャーリーと手を握り合って、そして部屋から出て行った。
「あいあー! きゃっきゃ!」
「ふふ、良かったわね。さて、ご飯にしようかしら。今日の昼食は……」
気が付けば昼食の事を考えるようになっていた。
今までは腹を満たせば良いと思っていた。お茶も喉を潤す物としか考えていなかった。今は……。
「使用人。お願いがあるのだけれど」
「はい」
そう言って廊下に控えていたいつもの使用人が顔を出した。
「香りの良いお茶を昼食に出してもらえる? それと天気も良いから外で昼食をしたいわ」
「は、はい!」
そして使用人は急いで他の使用人を呼び、昼食の準備に取り掛かった。
気が付けば腕の中のシャーリーは寝ていた。本当にいつも何をするかわからない。突然泣き出し、突然寝る。でも、それが本当に愛おしい。
「あと十六年。長く感じていたけれど、今思えばたった十六年なのかもしれないわね」
そして私はシャーリーを抱きかかえながら庭に向かった。
甘い香りが漂うお茶が置かれたテーブルへ。
了
こんにちは!いとです!
本作をご覧いただきありがとうございます。
今回は周りがあまり見えていない状態となった女王……というよりも、母親の数日を切り抜いた状態です。
子供の成長は早く、そして一日一日の成長は感動できる物ですが、それを他人任せにして見逃すのは少し勿体無いという個人的な考えで書いてみました。
まだ大人の行動の方が予想できますが、赤ちゃんや小さな子供だと大人でも「なんでそこでこう?」という状態にもなりますよね。
少しでも楽しんでいただけたらうれしいです!