光と影のブレーカー
これは、友人たちと自室で歓談している、ある男子学生の話。
よく晴れた夏の休日。
その男子学生は、学校の友人たち男女数人と自室で歓談していた。
勉強の話、友人関係の話、恋の話、などなど。
その話題は尽きない。
そうして友人たちと和やかに過ごしていると、
晴れていたはずの空に、薄黒い雲が広がり始めていた。
雲は黒く濃くなっていき、外は夕方のように暗くなっていく。
友人の一人が立ち上がって、窓の外を見ながら口を開いた。
「外が暗くなってきた。雨になりそうだな。」
間もなくして、空から雨粒が落ち始めた。
ゴロゴロと雷鳴が鳴り始め、やがて外は激しい雷雨になったのだった。
外は夕方のように暗くなって、叩きつけるような雨が降り始めた。
ベランダは瞬く間に雨で水浸し。
時折、外が明るくなったかと思うと、体を揺さぶる様な雷鳴が轟いた。
外から聞こえる雷雨の音を背景に、その男子学生と友人たちが話をしている。
「外はすごい雨だな。
そろそろ昼飯でもと思ったけど、
この雨じゃ外に出るのは無理そうだ。」
「腹は減ってないし、雷雨が収まるまで待てばいいさ。」
女子学生の一人が、恐ろしそうに体を縮こまらせて言う。
「私、雷ってだめなの。」
「どうした。
まさか子供でもないのに雷が怖いのか?」
「からかわないでやれよ。
雷って大きな音や光で、怖いと言うよりびっくりするんだよな。」
「ううん、そうじゃないの。」
女子学生は首を横に振って応える。
「稲光って、すごく明るい分、影も濃く映すでしょう。
まるで世界が光と影に分けられたみたいで、
何だか恐ろしくて、それで苦手なの。」
「言われてみれば、
見慣れた風景でも稲光で照らされると、
ちょっと不気味な感じがするよな。」
そんな話をしながら、
その男子学生と友人たちは部屋で歓談を続けていた。
すると突然。
部屋の明かりが消えたかと思うと、外で大きな雷鳴が轟いた。
「きゃっ!何!?」
「うおっ、びっくりした。」
「停電だ。
雷が近くに落ちたみたいだ。」
雷鳴の音から察するに、近所で落雷があったようだ。
その影響なのか、部屋の中の明かりが消えてしまった。
明かり以外にも、電化製品は全て電源が切れてしまっている。
窓から差し込む弱々しい光だけが、部屋の中を照らしていた。
どうやら停電してしまったようだ。
外はまだ激しい雷雨が降っていることもあって、
明かりが消えた部屋の中は薄暗い。
その男子学生と友人たちは、頭上の消えた電灯を見上げながら言った。
「こう暗いと、お互いの顔もよく見えないな。」
「私、暗い部屋って怖いわ。」
「お前の部屋、懐中電灯は用意してないのか?」
「それが、電池が切れちゃって今は使えないんだ。
みんな、ちょっとそのまま待っててよ。
今、ブレーカーを見てくるから。」
その男子学生は腰を上げると、
ブレーカーを確認するために玄関へ向かった。
その男子学生の部屋のブレーカーは、部屋の中の玄関にある。
玄関は奥まった場所にあって窓も無く、薄闇に包まれていた。
友人たちがいる部屋の窓から差し込む外光が、廊下の角から辛うじて届く程度。
そんな薄闇の中、その男子学生は玄関でブレーカーを探した。
「・・・あれかな?」
すると、玄関横の頭上の壁に、
何やら蓋付きの箱が設置されているのが見つかった。
背伸びをして蓋を開けると、中にはスイッチが何個も並んでいた。
どうやら、この箱の中が分電盤で、
並んでいるスイッチはブレーカーで間違いないようだ。
その男子学生は薄闇の中で目を凝らす。
すると、並んでいるスイッチはどれも上がったままのように見えた。
通常、スイッチ式のブレーカーであれば、
ブレーカーが落ちている場合はスイッチが下がるようになっている。
それが今全て上がっているということは、ブレーカーは落ちていないことになる。
「どのブレーカーも落ちてないな。
・・・待てよ、それはそうか。
落雷で停電したんだからな。」
その男子学生はポンと手を打った。
ブレーカーとは、電気の流れに異常があった時、
スイッチが下がって停電させる仕組みのこと。
家の中で電化製品を一度にたくさん使いすぎた場合などに、
スイッチが下がってブレーカーが落ちることがある。
しかし、
今この停電の原因は落雷によるもののはず。
原因が家の中に無いのだから、
停電してもブレーカーが上がったままなのは当然。
つまり、ブレーカーを調べても停電は直せない。
「停電が直るまで、気長に待つしか無いな。」
そうしてその男子学生が、
ブレーカーが設置されている分電盤の蓋を閉めようとした、その時。
一瞬、奥の部屋から稲光が差し込んで、
ブレーカーのスイッチが並んでいる分電盤に、濃い光と影が差した。
すると、
全て上がっていたはずのブレーカーの、
大きなブレーカーのスイッチが下がっているのが見えたのだった。
その男子学生は、一瞬見えた光景に首を傾げた。
「・・・あれ?
あのブレーカー、スイッチが下がって落ちてるな。
さっき確認した時は、スイッチが上がってたと思うんだけど。
いや。
そもそもあの位置に、あんなに大きなスイッチがあったかな。
薄暗くて見逃してたのだろうか。」
稲光が収まって、玄関が薄闇に戻った。
もう一度見上げてみると、やはりブレーカーは全て上がっていた。
「あれれ?
今度はブレーカーのスイッチが全部上がってる。
さっきは大きいスイッチが下がってるように見えたのに。
その大きいスイッチはどれだったかな。」
薄暗いせいか、スイッチの様子がよく分からなくなる。
全てのスイッチが上がっているのは確認したはずなのに、
しかし、そこに稲光が差し込むと、様子が変わって見えてくる。
影になったスイッチが下がったように見える。
スイッチが無かったはずの場所に、スイッチが現れたように見える。
その時によってブレーカーのスイッチの状態も数も、
全く違って見えてくるのだった。
その男子学生は何度も瞬きをして、それから首を傾げた。
「ブレーカーのスイッチが、上がったり下がったりしてるように見える。
玄関は薄暗いし、稲光で目が眩んで見間違えたのだろうか。
まあいい。
実際に手で触って確認すれば間違えないだろう。」
そうして、
その男子学生がブレーカーのスイッチに手を伸ばした、
丁度その時。
一層明るい稲光が奥の部屋から玄関に差し込んだ。
薄闇だった玄関に、濃い光と影が浮き上がる。
その男子学生が伸ばした手が濃い影を作り、
大きなブレーカーのスイッチを包み込んだ。
影に包まれたそのスイッチに、その男子学生の手が触れる。
手探りでスイッチの状態を確認すると、そのスイッチは下がっていた。
「あれっ?
感触からして、このスイッチは下がってるみたいだ。
じゃあ停電はこのブレーカーが原因なんだろうか。
さっき見た時は、下がってるスイッチなんてなかったけど。
まあいいか。」
そうしてその男子学生は、影のブレーカーのスイッチを、
何の躊躇もなく上げてしまった。
その男子学生は、
下がっていた影のブレーカーのスイッチを上げた。
これで部屋の停電は直る、そのはずだった。
しかし、玄関は薄暗いまま。
奥の部屋も電灯が点いた様子はなく、停電が直った様子はなかった。
ただ、何某かの違和感だけがじわじわと滲み出てくる。
「あれ?
ブレーカーを上げたのに、明かりが点かないな。」
もう一度ブレーカーを見上げてみても、
全てのスイッチが上がっているように見える。
やはり、停電はブレーカーのせいでは無かったのだろうか。
そんなことを考えながら部屋へ戻る。
すると目の前に、見たことも無いような光景が広がっていた。
目の前にあるのは、友人たちと歓談していた部屋。
明かりもなく、窓から差し込む外光だけが頼り。
その部屋の、光と影が逆転していた。
物は薄暗く、物陰が明るく。
そんな矛盾した光景が広がっていた。
いや、それよりも。
もっと目を引くものがある。
その男子学生は絞り出すように声を出した。
「みんな、どうしたんだ?
その姿は・・・」
部屋に車座になって座っている友人たち。
その友人たちの姿が一変していた。
先ほどまで楽しそうに歓談していた友人たちが皆、
今は影が差したように大人しい。
それだけではなく、実際に影になったような、
影を掬って塗り固めたような姿になっていた。
体は薄暗く、逆に足元の影はほの明るい。
そんな矛盾した姿が、轟く稲光に照らし出されていた。
友人たちの変わり果てた姿を目の前にして、
その男子学生は、からからになった喉から声を絞り出した。
「みんなの姿はまるで、光と影が逆になったみたいだ。
誰かのいたずらか?
でも、どうやってこんなことを。
もしかして、さっきのブレーカーか?」
原因を考えても、分かりようがない。
心当たりといえば、さっき上げたブレーカーのスイッチだけ。
「とにかく、みんなを元に戻さなければ。」
その男子学生は、影の姿になった友人たちを置いて、
ブレーカーがある玄関へ取って返した。
薄闇の中に佇むブレーカー。
そのスイッチはどれも上がっていて、
先ほどその男子学生が操作したままだった。
光と影が入れ替わってしまった部屋と友人たち。
その原因はブレーカーのスイッチかもしれない。
そう考えて、背伸びをしてスイッチに手を伸ばす。
しかし、薄闇の中に佇むブレーカーは、
どんなに力を入れてもびくともしない。
「どうなってるんだ?
さっきはちゃんと操作できたのに。
いずれにせよ、やっぱりこのブレーカーはおかしい。
何かがあるんだ。」
そうしてその男子学生は、
ブレーカーのスイッチをああでもないこうでもないと触る。
しかし、どうしてもブレーカーのスイッチは動かない。
どうしたものかと、腰に手を当ててブレーカーを観察した。
その間も時折、稲光が差し込んでいた。
稲光が作る光と影が、ブレーカーに差し込む。
すると、ブレーカーのスイッチの見え方に、
法則があることに気が付いたのだった。
「・・・このスイッチ、
明るい時と暗い時とで、違って見えるんじゃないのか。」
玄関の薄闇の中では、ブレーカーのスイッチはよく見えない。
しかし、外から稲光が差して、
スイッチが光に照らされた時はスイッチが下がり、
逆に影が差した時はスイッチが上がって見えるのだった。
「そうか。
ブレーカーのスイッチを上げた時は、稲光でスイッチが影になっていた。
その影のブレーカーのスイッチを上げたから、
友達たちが影のような姿になってしまったんだ。
きっとそうに違いない。
他に変えたものは何もないんだから。
そうだとすれば、あいつらを元に戻してやるには、
ブレーカーのスイッチが稲光で照らされた時に上げればいいんだ。
光のブレーカーのスイッチを上げれば、
逆に影のブレーカーのスイッチは下がるんじゃないか。
ブレーカーは異常があれば勝手に落ちるはずだから。」
何が原因なのか、どんな仕組みなのか。
それを考えるのは後でいい。
確証も無い。
その中でまずは出来ることをする。
なんとしてでも、友人たちを元に戻さなければ。
その男子学生はそう考えて、稲光が差し込むのをじっと待った。
光のブレーカーのスイッチが現れるのを信じて。
しかし、
さっきまであれだけ鳴り響いていた雷鳴は、
今は全く聞こえてこない。
どうやら、雷雨が遠ざかりつつあるようだ。
このまま雷雨が過ぎ去ってしまったらどうなるのだろう。
襲い来る不安を、頭を振って追い払う。
そうしてその男子学生は、稲光が差すのをじりじりと待った。
やがて、空がゴロゴロと鳴る音が聞こえ、
一際眩しい稲光がブレーカーに差し込んだ。
影のブレーカーのスイッチが稲光に照らし出される。
すると、確かに上がっていたはずのブレーカーのスイッチが、
今度は下がって見えたのだった。
「見えた!
あれが光のブレーカーのスイッチだ。
稲光が差してる間にスイッチを上げなければ。」
スイッチを上げるために手を差し出そうとして、慌てて手を引っ込める。
「いや、手を出しちゃ駄目だ。
そうしたら手の影が出来て、影のブレーカーに変わってしまう。
手よりも影が小さいものは何か無いのか?」
キョロキョロと辺りを見渡す。
すると、薄暗い玄関の脇、
台所の流し台に箸が転がっているのを見つけた。
引っ掴むように箸を手に取る。
雷鳴が収まってきている。
もう一刻の猶予も無かった。
箸を伸ばして、影のブレーカーのスイッチに近付ける。
丁度その時、稲光が再びブレーカーに差し込んだ。
影のブレーカーに稲光が差し、光のブレーカーに変わる。
そのタイミングを見計らって、箸で光のブレーカーを掴んだ。
箸の影は細長く、ブレーカーを変化させることはなかった。
そうして、その男子学生は、
下がっていた光のブレーカーを上げることができたのだった。
バチン!と何かが弾ける音がして。
奥の部屋から稲光ではない光が差し込んできた。
その光は消えることもなく、ブレーカーのスイッチにも差し込んだ。
光に照らされたブレーカーを見ると、
そこには確かに、全て上がっているスイッチが並んでいたのだった。
静まり返っていた奥の部屋から、
友人たちが歓談する声が再び聞こえてくる。
「でさー、その時の話なんだけど。」
「あっ、明かりが点いた。」
「ところで、あいつ遅くないか?
ブレーカーを見るのに、いつまでかかってるんだろう。」
「おい、何か困ったことでもあったのか?
こっちはもう明かりは点いたぞ。」
友人たちが呼ぶ声が聞こえる。
その声は、なんだか久しぶりに耳にしたような気がした。
「・・・いや、何でも無い。
もう全部済んだよ。
今、そっちに戻るから。」
そうしてその男子学生は、友人たちが待つ部屋へと戻っていく。
光溢れる世界では、
元の姿に戻った友人たちと、その友人たちが作る影とが、
その男子学生を出迎えたのだった。
終わり。
稲光で照らされて光と影で分けられた光景を題材に、この話を書きました。
光の世界と、影の世界と、その両方を含む世界と、
それを無意識に切り替えてしまったらどうなるだろう。
世界を切り替えるスイッチは何だろう。
そんなことを考えながら、話を作っていきました。
お読み頂きありがとうございました。