9 金にあかせて
黒だった。
ファリティナはジェミニの頭を抱きながらため息が出た。
ジェミニはファリティナの膝に乗り、ご機嫌にお土産の積み木で遊んでいる。
領地の視察で、ファリティナはわかってしまった。あまりにも雑な、古典的な手口だった。
どうするつもりなの。
気を抜くと眉間に皺が寄る。
あんな単純な横領。多分、誰でもやっている。それぐらい古典的なのだ。
だが、公爵の位を与えられているグランキエースでは許されない。
公爵だ。この国の礎であり、盾と謳われる王家に次ぐ位だ。あの豊かな領地はグランキエースのものであるが、王国のものでもある。そんなことは生まれた時から聞かされている。
だが、母は。
下位の貴族の出身で使われる側のメイドからお手つきとなった。高爵位の覚悟を持っていなかったのだろう。
あまりにも浅慮だ。
この横領が公になれば、グランキエースは爵位の返上は免れない。場合によっては、あの夢のように王国への反逆罪として一族の命を賭しての廃位だ。
ファリティナはジェミニを強く抱きしめた。
「ねえさま?」
せっかく生まれてきたのに。
ジェミニは何も悪くないのに。
領地に戻っている間に鑑定に出した母親から渡される薬も毒だとわかった。
「姉様が、絶対にあなたを守るわ。」
ただ生まれてきただけのジェミニにはなんの罪もない。
母親から殺されるほどのことも、国から責任を取らされることも、何もないのだ。
この子には幸せになってほしい。ふわふわと笑って、ただ生きていてほしい。
そのためにはなんでもする。
ファリティナは改めて決意した。
「領地で随分と散財したようですね。」
久しぶりの夜会に出る馬車の中で、セリオンから嫌味を言われた。
「あら。ダメだったかしら?あの程度のことで目くじら立てないでよ。」
「あの程度のこと?宝石ばかり買いあさって、品性のない。」
ファリティナは小さく肩をすくめた。
「たまにはいいじゃない。」
「だからといって、あれほどの額を散財してくるとは。奢侈もいい加減にしてください。」
奢侈などしていない。言うのならあなたの隣に座る母親に言うべきだ。
面白くない、という表情を扇で隠した。
「セリオン。ここのところファリティナはドレスを仕立ててないのよ。それにこの前のは嫁いで王宮に上がったときのためでしょう?」
母はおっとりとセリオンに言った。
「そうよ、セリオン。王宮に上がったらなかなか領地には帰れないでしょう。今のうちに、揃えたかったのよ。王子妃になれば着飾る機会も多くなるし、その時はグランキエースの宝石で揃えたかったの。」
「きっと、話題になるわ。王子妃として恥ずかしくないものを身につけなくてはね。」
ファリティナと母は共謀しあって微笑んだ。セリオンは二人に心底馬鹿にした目を向けた。
たった3日の滞在で、ファリティナに当てられた半年分の予算を使って宝石を買い漁ってきたのだ。
流石に次期当主として、ファリティナの度が過ぎるような放蕩ぶりが報告されたのだろう。
ちなみに当主になっている母親にはファリティナ自身から報告済みだ。
3年かかる細工物一揃えをお土産として差し出したので、喜んでくれたが文句はない。
今、大きく空いた彼女の胸元に光っているのがそれだ。
「ファリティナは今回は着けてこなかったの?」
「まあ、お母様。揃えの宝飾はまだ私には早いですわ。あれは嫁いでから身に着けようと思っているのです。」
そうね、と母親は楽しそうに笑った。
ファリティナも扇の下で笑う。
揃いのものなど、売り捌くのに手間がかかる。ファリティナが買い漁ったのは、加工しやすいようにカットされた装填前のものたちだ。
かなりの量になるが、ファリティナの部屋とジェミニの部屋に分けて隠している。
それを少しずつ、服飾関係の卸業に売るのだ。
とりあえず売りやすいようにと仕入れて帰ってきたが、どのように現金化するかで頭を悩ませていた。
味方になったのはジェミニの侍女たちだった。
二人の侍女はファリティナが帰ってきたのを見ると、ジェミニと一緒になって喜んだ。領地から戻った夜、ジェミニが寝静まったのを見て、侍女のアデルがポツリと言った。
「本当に、ありがとうございます。お嬢様。」
心のこもったつぶやきに、ファリティナは改めてアデルを見た。
「坊っちゃまがこんなにお元気になられるなんて。お嬢様のお力でございます。きっと、今までのお薬では合わなかったのでしょう。それに、坊っちゃまに生きる力を与えてくださいました。」
そう言ってポトリ、と涙を落とした。
ファリティナは彼女たちを信用することにした。
侍女のうち一人が大きな商家の出身だったこともある。
新しい薬を買いたいけれど、お母様に知られると気を悪くされるかもしれないから、と、宝石を卸に買い取ってもらうことを頼んでいる。
そこから少しばかり、彼女たちに包んでやることも忘れずに。
やはり金の力は大きい。
ファリティナは扇の下で人間の品性について納得していた。