表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/88

83 悪役令嬢の弟

ホランド家の断罪が終わって、ファリティナに面会に来た時はもう夕刻だった。


ファリティナはぼんやりと庭の東屋に座っていた。


どことなく気落ちした雰囲気に、セリオンは目を瞬いた。


「どうしたのですか?」


セリオンの問いに、ファリティナはため息で答えた。


「やっぱり、私ってポンコツなのかしら…。」

そう言ってしょぼんと、肩を落とした。

セリオンはファリティナの横に座って、肩を抱き寄せた。

ファリティナはなすがままにセリオンの胸に抱かれる形になる。


「ポンコツなところが良いのに。」

そう言って笑みを深めた。

ファリティナは、不満そうに口を尖らせた。

「やっぱり、セリオンもそう思ってたのね。」

「初めから言ってたじゃないですか。そこが可愛いんですよ。」

可愛くなんか、ないわよ。

ファリティナは落ち込んで、ますます口を尖らせた。

「私の可愛いポンコツ姫をそんなふうに困らせてるのは誰ですか?退治してあげますよ。」

そう言うと、ファリティナは顔を上げた。


右目は眼帯で覆われ、左目だけだが、少し泣いたのだろう。目元が赤く爛れていた。


「ひどい奴らだ。また泣かせるなんて。」

少し硬い声で言うと、ファリティナの目が揺れた。

「私の方が、酷かったのよ。きっと。」

そう言うので、セリオンはファリティナの頭を柔らかく撫でた。

「ギデオン殿下がいらしたの…。」

「あいつ…。」


歯ぎしりしそうなほどの苛立ちを込めて言うと、ファリティナが宥めるようにセリオンの手を撫でた。


「私に謝りに来てくださったの…。」

「会わなくても良かったのに。私は断っていたんです。」

「そうなのね。でも、ほら王子殿下だし、不敬よ。あんまり怒らないで、セリオン。」


セリオン、とファリティナは名前を呼んでくれる。

その響きはセリオンの尖った心をいつも引き留めてくれる。


今日、あのホランド一族の前で現れた怒りを、ファリティナが見たら必ず止めていただろう。


あんまり怒らないで、セリオン。と。

その優しい呼びかけに、セリオンは自分が人間に戻った気がした。


愛しいな、とじんわりと思う。

こんなに優しく、自分の名を呼んでくれる。

鬼才でもなく、王族に次ぐ高貴な者としてでなく、ただ自分の次に生まれてきた弟として存在を受け止めてくれる。


生まれた時から近くにいた。

お互いに興味を持って近づくことはなかったが、それでも他の兄弟より格段に多く、その存在を認めてきた。


こののんびりした雰囲気に、苛立つことの方が多かった。

自分と同じ血を分けているのに、なぜこんなことも理解できないのかと、同じ速度で理解してくれないことに苛立っていた。


きっとファリティナには、甘えていたのだろう。

同じように見て、同じように感じてほしかった。

天才だ、鬼才だと騒ぎたてられることに、孤独を感じていたのだ。


あの屋敷では、兄弟は皆、それぞれに孤独で心細かっただろう。

身を寄せ合う双子でさえも、男女ゆえに離され、身一つで立つ覚悟を強いられていた。


ファリティナがジェミニを受け入れ、その袖に庇護した時から、それが大きく変わったのだ。



「もう何度も謝っていただいたから、謝らないでくださいと申し上げたの。そうしたら、泣かれてしまったわ…。」

ファリティナは難しい顔をして息をついた。


「何を間違えているのかしら。私にはわからない。何故、お泣きになるのか。でも、何か傷つけてしまったのは確かよね。ちゃんと反省して、謝罪しないといけないと思うのだけど、わからないの…。」


「どうして謝らないでくださいと言ったのですか?あなたは謝罪されて当然だ。そんなもの受け入れる必要もないくらい、怒っていいのですよ。」


「何に怒ればいいの?セリオン。私のことを知らなかったこと?アマンダ嬢を虐げたと誤解していたこと?」

「全てです。婚約関係であったに関わらず、信用しなかったことも。王族の立場を利用されたことも、冤罪と気付いてもすぐに事態を収拾できなかったことも、全てです。」


「相変わらず厳しいわね。セリオン。」


ほお、とファリティナが息をついた。


「そんなに全てのことをわかりきってやれるのはあなたくらいよ。私たちはまだ子どもの域を出ていないわ。」

「だからって許してやる必要はないんです、姉様。立場ある家に生まれたものの定めです。」


ぷう、とファリティナの頬が膨らんだ。


「正論すぎて、嫌だわ。セリオン。」

そう言ってふい、とそっぽを向いた。


セリオンは驚いて早口で言った。


「どうしてですか?あの男に覚悟がなかったから、あなたはこんなに傷つけられたんですよ?」

「この傷をつけたのは殿下じゃないわ。そうやって責め立てられたら、二度と私たちの前に立てないじゃない。私、そんなに怒ってないのに。」


口を尖らせて、ファリティナは不満げに言った。


「優しすぎますよ。あいつが引き起こしたも同然です。」

「だって、知らなかったのよ。仕方ないじゃない。」

「知らなかったんじゃない。知ろうとしなかったんです。将来の伴侶になろうという相手のことを、知る努力をしなかった。」

「…仕方ないじゃない。私に魅力がなかったんだから。」

ファリティナが膨れ面のまま俯いた。


「分かってるわよ。魅力がないくらい。そんなの、言わなくてもいいでしょ。私だって、傷つくんだから。」


そう言ってファリティナはメソメソ泣き始めた。

セリオンは焦った。


「そ、そんなこと言ってません!姉様。どうしたんですか?あいつに言われたんですか?」

ファリティナは頭を振った。

「言われなくても、分かるわよ。結局、そういうことだったんだもの。努力しても選ばれなかったってことは、魅力がなかったってことなんだわ。」


セリオンは言葉を失くして、ぐすぐす泣くファリティナを見つめた。

選ばれなかった。

ファリティナはそう思っていたのか、と改めて分かった。

婚約関係を裏切られたのではなく、愛する者として選ばれなかった。

ファリティナの卑屈の深淵に触れて、セリオンの仄暗い愛着にまた火が灯った。


なんて可哀想な。なんて可愛い。


「ファリティナ…」

セリオンはぎゅ、とファリティナを抱きしめた。

「こんなに可愛いあなたを知っているのは私だけでいい…。他の誰にも選ばれなくていいんです。私は知ってるんですから。」

「ひどいわ、セリオン。あなたの隣にいて、私いつも比べられて嫌だったんだから。」


そうですよね…。とファリティナを愛おしく抱きしめながら、セリオンは肯定した。

ファリティナの劣等感の原因は、自分だという自覚はある。


もう何もかも可愛い。ファリティナがここまで卑屈になった原因が自分だと思うと、たまらなく嬉しい。これ以上の傷などいらない。ファリティナを悲しませるのも、喜ばせるのも自分だけでいい。


仄暗い執着に恍惚とした。


「お祖母様にも相談したの。なぜお泣きになったのかわからないって。」

「なんて仰ってましたか?」

「私とやり直したいのではないかって。だけど、私には無理だと思うの。彼の方は私のことなんか好みじゃないし、彼の方のお役に立てるとしたら、また当て馬になるくらいだわ。だけど思ったより当て馬って難しいのよ…。」

「当て馬…とは?」


まあ、知らないの?セリオン!

ファリティナは幾分嬉しそうに言った。

セリオンに知らないことがあったことが嬉しいらしい。その単純な反応にセリオンも笑ってしまう。


「恋のライバル役のことよ。最後に結ばれる相手を邪魔するのよ。」

「もしかして、悪役令嬢というやつですか?」

そう!とファリティナは嬉しそうに頷いた。


「あなた、そんなこと狙ってしていたんですか?」

呆れたようにセリオンが言った。

「ちょっとした好奇心よ。だけど、それがきっかけになってこんなことになるなんて思わなかったわ。」

と言ってそっと眼帯を押さえた。


「じゃあ、あの噂はあながち嘘ではなかったと?」

「噂ってなんのこと?」

「あなたがアマンダ=リージョンを虐げたという噂です。」

「全くのデタラメよ。あの子とまともに顔を合わせたのは王子の誕生会の時だけだもの。」

「だけど、当て馬って。」

「そういう噂だったでしょう?なにもしなくても、私は当て馬だったのよ。だけど、何もしなかったからここまでのことをされてしまった。加減が難しいわね。侮られず、うまく悪役をこなすって。」


のんびりと言うファリティナにセリオンは脱力した。


「あなたは悪役に向いてませんよ。」

「そうね。それは自覚してるわ。あなたの方がよっぽど向いてるもの。」

うんうん、と頷くファリティナにセリオンは苦笑した。


「だからね、お祖母様にもそう言ったのよ。もう悪役令嬢はこりごりだって。」

「言ったんですか⁈」

「ええ。ついでになってしまったけど、謝ったの。私を身篭ったせいでお母様が離縁できずに儚くなってしまったこと。」

セリオンも言葉を失くして、ファリティナを見つめた。

惚けているのに、惚けているからか、ファリティナは時々大胆に人の心を抉る。


「せめて、生まれてきてしまったことは許してほしくて。だって、こんなに大きくなってしまって、社交界にもデビューしてしまって、今更私をなかったことになんかできないでしょう。お祖母様もお祖父様も良くしてくださるけど、本当のところは忸怩たる思いをしてらっしゃると思うのよ。うまく立ち回れば、これほどの醜聞にならなかったのにと。私だって、そう思ってる。だけど、ダメね。謝り方が悪かったのかしら。お祖母様にも泣かれてしまったわ…。」


そう言って、再び難しい顔で俯くファリティナに、セリオンはクスクスと笑い始めた。


「なあに、セリオン。どうして笑うの?」

ファリティナは、ムッとしてセリオンを見た。


「さすがだなぁと思いまして。」

「何が?」

「さすが悪役令嬢だな、と。だって2人も泣かすことができたんですよ。」

そういうとファリティナは少し考えて、また口を尖らせた。

「そういうの、狙ってないわ。だって誰も幸せにならないじゃない。」


ははは!とセリオンが明るく笑った。

「ほらね。やっぱりポンコツだ。悪役は人の幸せなんか願わないんですよ。」


でも、とファリティナは納得いかないように言い募る。


「心配いりません。姉様。この弟が立派に悪役令息の役を果たしてみせます。だからね、」

あなたは何も心配せずに、私の側で笑っていてください。


そう言って、セリオンはファリティナの額に口付けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ファリティナはもう幼少期からぶっ壊れてたんだなあと感じて胸が痛い。心根にある善性だけが残って今に至ってしまったんだなあ...
[一言] 当方ヤンデレ好きなんですが、セリオンを見てると、ヤンデレの近くにいても真っ当に幸せにはなれないんだなぁ、と気づかされますね。
[一言] ヤンデレ弟くん、かわいそかわいいというか、かわいそうな推しに萌えるタイプだったのね…。 正直いたいけな小さい推しにひどいことした侍女たちを締め上げたいが、推定ホランド一族に含まれてる可能性…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ