81 ホランド一族2
その日、ホランド家の名だたる大人たちに混じって、フィリアもグランキエース公爵家に呼ばれた。
成人を済ませ、家名を正式にもらって、貴族となっているものたちはほとんど集められていた。
集められたホールは公爵家の中でも一番格式が高い部屋で、ひな壇があり、そこに見たこともない厳かな椅子が一つあった。
ひな壇の下に一族は集められた。
ここは一度だけ、セリオンの成人の祝いに呼ばれた時に入ったことがあった。
今まで年に何度も一族のために宴を開いてくれていたが、それは格式を取らないサロンや、公爵家自慢の庭で開かれるもので、本物の伝統というものはこういうものかと驚嘆したものだった。
セリオンの譲位の報告か。とフィリアは思っていた。
だが、周りの大人の顔色が冴えない。
父親と母親の顔も強張っていた。
セリオンの譲位が早まることは知っていた。貴族学院に入学してからの彼の活躍はめざましく、王族、宰相の覚えも目出度いと、社交界でも有名だった。
その話を聞く度に鼻が高く、従兄弟であることを自慢した。
それと同時にファリティナを貶めた。
第二王子の婚約者であることも気に食わなかった。
あんな傲慢な伯母が育てた娘だ。
幼くまだ何も知らないはずのセアラでさえ、フィリアを呼び捨てにし、フィリア姉様とは呼ばない。呼ばせようとしたことがあるが、周りの侍女たちが厳しく窘めた。
私は従姉妹で、侍女じゃないのに。
フィリアはムッとして思った。
大したこともできないのに、気位ばかり高くなる。と、セアラを見て思った。
そんなところで育った少女だ。さぞかし傲慢で嫌な女だろう。
そう予想して、公爵家で働く親戚に話すと面白おかしく公爵家の様子を話してくれた。
思った通り、ファリティナは公爵家の中で嫌われていた。
貴族学院に入学できたのは良かったが、婚約者を追いかけ回し大した成績も取れない。高位貴族なら入れて当然の執行部にも落選して、屋敷で暇を持て余しているらしい。
聞くところによると、婚約者の第二王子には恋人ができて、嫉妬で八つ当たりしているらしいと。
それを女子学園でも吹聴した。
女子学園は、卒業するとすぐにでも貴族家に嫁ぐ子女が集まっている。噂は、社交界に直結した。
少しばかりの誇張をつけて、フィリアは面白おかしく吹聴した。
やがて、伯母の耳にもそれが届いたらしい。
ご機嫌伺いにいった時に、困ったように話した。
ファリティナに良くない噂があって、肩身が狭い。どうしてあんなに不甲斐ない子に育ってしまったのか、と。
社交界がグランキエース公爵夫人の伯母に当たりが強いのは今に始まったことじゃない。今までは身分があって面と向かって言えなかったが、ファリティナという本人ではない投影を堂々と蔑んでいるのだ。
ほくそ笑むと同時に、危機感を覚えた。
自分がこの伯母と近しいことは散々自慢してきた。伯母への攻撃はいずれ自分にも来るかもしれない。
す、と背筋が冷えた。
そして、ホランド一族はグランキエース公爵家に召集された。
屋敷の執事が静粛の号令を出した。
大人たちが居住まいを正したとき、一番前の扉が開き、セリオンが入場した。
セリオンの後ろに、弟のコリンが続く。
二人はよく似ていた。
堂々としていて、気品がある美青年になっていた。
セリオンの中性的な美しさと比べて、コリンは騎士を目指していると聞いた通り、しっかりとした肩幅と隙の無い身のこなしだった。
セリオンは椅子に座り、コリンはその横に立った。
公爵の当主と、その側近という図が出来上がった。
「我が母は、このグランキエースを裏切った。」
なんの前触れもなくセリオンが口を開いた。
「グランキエース公爵領の鉄鉱石及び硝石を含む鉱石類を、王国の許可なく価格を下げて外国に流した。それは情夫であるガヴル子爵の領や、そのほかの懇意にしていた領を通り、正規の手続きなしで販売していた。一部の硝石は皇国を通じて南辺境周辺の国に流れ、このところの紛争に相手方の武器として使用されて、我が国に被害をもたらした。」
は、と息を飲む音が聞こえた。
「ホランド一族がこの横領に加担したことは調べてある。」
フィリアの頭から血が引いた。
崩れ落ちる夫人がいたが、誰も助けようと動くものはなかった。
公爵家の侍従たちも、微動だにしない。
セリオンは、一瞥もせず続けた。
「亡き父の温情で本来派閥でもなかったお前たち一族を随分優遇していたのにもかかわらず、欲に負けてグランキエースを食い物にした。その自覚はあるか。」
静まり返ったものたちから返事はない。フィリアも俯いていた。
知らない。
そんな横領に一族が加担していたなんて、知らない。
「それだけでなく、正統なグランキエースの血筋である我が姉を侮り、品位のない行いをしていると下賎な噂を吹聴していた。その噂は学院内でも姉を侮る土壌を作った。」
「随分な真似をしてくれたものだ。公爵令嬢を侮るなど。」
ふん、とセリオンは傲慢に言い捨て足を組んだ。
「フィリア。」
コリンがフィリアを呼んだ。