8 それぞれの道
馬車の中でコリンは憤っていた。
たしかに学院をサボるファリティナの行動は褒められない。だが、姉に対してあれほど高飛車な口調はないのでないか。
それを笑いながら受け止めるファリティナにも腹が立った。
そのまま不満をぶつけると、向かいに座るファリティナはにっこりと笑った。
「あなたは素直なのね。コリン。知らなかったわ。」
まっすぐに褒められて、コリンは返答に詰まる。
「セリオンが言うことは真っ当なのよ。私はせっかく入った学院にろくに通いもせず、自分勝手なことをしてる自覚はあるの。」
「なぜ、学院に行かれないのですか?何か問題が?」
「ええ、まあね。主に私の側に問題があるのだけど。」
「姉様に問題?それはなんですか?お友達と喧嘩でもしたのですか?」
さらに聞いてくるコリンに、ファリティナは声を上げて笑った。
「コリン、優しいのね。踏み込んで聞いてくれるのね。」
でもね。とファリティナは微笑んだ。
「ごめんなさい。今は言えないわ。もしかするとだれかを貶めることになりかねないから。私の不安を解消しようとしているの。」
「不安を、解消?」
ふふ、とファリティナは不思議そうにする弟に笑ってみせた。
領地で生産物横領の疑いがないか探るつもりだ。素人のファリティナがどれほどのことがわかるかわからない。わからないならそれでいい。ファリティナは不安を潰したいだけなのだ。
「王家に嫁ぐのに不安があるのですか?家を離れたくない、とか。」
意外な問いかけに目が丸くなった。
だが、自分を気遣うコリンの心根が嬉しく、ファリティナは微笑んだ。
「ありがとう、コリン。気にしてくれてるのね。」
「だって、王族なんて畏れ多いし、今のように自由にできないんでしょう。俺は公爵家だって窮屈に感じてるのに、王族なんて。」
そう言いながら、コリンは少し俯いた。
「兄様は何も言わないけど、多分俺が騎士になることをよく思ってない。公爵家らしく、いずれは派閥家の一つになれるように勉強するべきだって、きっと思ってる。でも、俺は騎士になりたいんです。お父様も、昔は騎士になりたかったから、俺に夢を叶えて欲しいって、亡くなる前に仰ってくださいました。」
「まあ、お父様が。」
父は立派な公爵だった。国王陛下とも親しく、公式な行事に出ると父に挨拶するために列ができた。
生まれてきた時からグランキエースを名乗ることが定めで、それ以外の夢などないと思っていた。
「お父様のためにも立派な騎士になってね、コリン。」
「はい!あの、姉様は応援してくださるのですか?」
コリンは、おずおずと聞いた。
「もちろんよ。グランキエースにはセリオンがいる。あの子は公爵に向いているし、やりたいと思ってる。あなたも自分が好きなことをしたらいいのよ。」
「でも、他国で騎士を目指すなんて。」
「この国の騎士学校は公爵家みたいな高位は受け入れてくれないのでしょう?無理矢理入ることもできるでしょうけど。お父様もいろいろ考えて皇国を勧めてくださったのよ、きっと。」
ファリティナは父の面影を写すコリンを見た。
セリオンも父に似ているが、長じるに連れ、怜悧な美しさが勝つセリオンに比べ、どことなく男臭さが出るコリンの方が、父に似ている気がする。
「お父様は・・・・・・。」
ファリティナは熟考するようにゆっくりと呟いた。
「きっと、私たちの行く末を案じて下さって、それぞれに道を与えたのだわ。あなたには騎士になる学校を、セリオンには公爵の道を。わたしには王子妃を。」
ジュリアンとセアラはまだ幼く、その適性がわからなかったろう。父が生きていれば今でも二人のことを思い、道を探ってくれただろうか。きっと、そうしていただろう。
愛してくれていたのだ。
自分がジェミニをなんとしても生かしたいと願うように、父はそれぞれの子どもたちの幸せを願っていた。
「コリン。」
ファリティナは真っ直ぐコリンを見た。
「生きて。幸せになって。」
「え・・・・・・。」
急に言われた直截な寿ぎの言葉に、コリンは照れた。
「生きていれば、どんな形でも幸せが掴める。お父様はあなたの幸せを願って、騎士に送り出した。恥じることはない。胸を張って、生きて。」
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どうぞ最後までお付き合いください。