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70 コンスル公爵派閥2

セリオンは思春期特有の低い声で答えた。


「それにも拘わらず、この席に呼ばれた。何故かお分かりですか?」

公爵や宰相以外の派閥の歴々とした顔触れに問いかけた。

一様に怪訝な顔をしている。


セリオンの次期公爵譲位の話は公然のものだし、現在の公爵代理があまり頼りにならないのも有名だ。

だが、セリオンは未だ子息の立場であり、学生だ。


「本来なら、国から正式に公爵の実権を与えられている母が来るべきです。ですが、今、グランキエース公爵位の実権全ては、嫡子の私が掌握しています。母は、グランキエース公爵位を利用して、ゼノ山脈から取れる鉱石や硝石土砂を不当に外国に流していた。それも、情夫を支援するために。」

セリオンは淡々と話すが、列席した者たちの顔色が変わった。


「これは国を裏切る横領です。それどころか、他国に流れた硝石は、南辺境の紛争に、火種を撒いている。母の浅慮のために、グランキエースは王国に対する叛逆罪に問われてもおかしくない立場にあります。」


「母の裏切りに最初に気づいたのは姉です。この裏切りの結果を、私たち弟妹に背負わせないために、姉は苦慮していた。時を合わせたのかたまたまだったのかわかりませんが、そんな時に拘留されました。姉は私たちを守るために黙秘を選択した。グランキエースは空だらけの古木だ。そう分かっていたからです。」


ふ、と、セリオンは切なげにため息をついた。


「私たちだって、好きで公爵家に生まれたわけじゃない。」


鬼才と謳われ、この国の未来は彼が栄光を導くだろうと期待されている少年が苦しげに言った。


「私はね、この世で一番大切なものは姉なんです。」


言った。この公子。

ディアスの汗が流れた。


「私たち兄弟がただ生きていることを望んで、慈しんでくれた彼の方さえいれば、別にどこで生きていったっていい。今でも、そう思ってます。」


清々しいほど平然と言い切って、少しだけ笑った。少年と青年の間の、妙に色気のある笑いだった。


そして、アクンディカ伯爵の方を向いた。

「ですので、ゼノ山脈を含むグランキエース公爵領をアクンディカがほしいというのなら、正式に手順を踏んでお譲りいたします。こんな卑劣な手で公爵家を貶めなくてもね。」

「ま、まさか!」

ブンブンと音が聞こえるくらいの勢いでアクンディカ伯爵が頭を振った。


「そんな!そんな大それたことは考えておりません!息子はただ、考えが足りなかっただけで!」

そうですか?とセリオンはおっとり口を開いた。


「伯爵、あなたはそう思われていたかもしれませんが、ご家族はどうか分かりませんよ。権力を試してみたかった。と供述にある。公爵家を貶めるほどの、王国全体をひっくり返すほどの力が欲しかったのでしょう。ただとは言いませんが、お譲りするのはやぶさかではない。」

「セリオン公子、おやめください。」

厳しく制したのは宰相だった。


「何故です?このお話は陛下にもいたしました。」

「その時にも、陛下はおっしゃったではありませんか。グランキエースはこの先も王国の盾であると。」

「グランキエースの名を引き継ぐのは誰でも良いでしょう。要するに、王国に忠誠を誓い、ゼノ山脈の恵みを理解する者が預かればそれで良いのでしょう?」

ヘラリ、とセリオンは笑った。


「違います。グランキエースでなくてはならない。正統な血筋のあなた方でなければ、信頼をされないのです。」

セリオンの蠱惑的な微笑みに、宰相は圧を強めた。


「お怒りはごもっともです。我が軍閥だけでなく、王家もグランキエースを見捨てたと思わせる所業をした。学生同士の諍いとはいえ、国の認める婚約を蔑ろにした所業は許されるものではありません。しかも、お姉様は心にも体にも消えない傷を負われた。」


セリオンは国王の前で堂々と、不必要と思われるのなら出奔する予定だと話した。

命まで取られては敵わない。

それほど邪魔なら、グランキエースごと消えてしまいましょう、と淡々と話して、国王の度肝を抜いた。


調べると、生糸染色の技術で得た金銭も、グランキエース伯爵に割譲した土地代も全て、国外の弟妹たちの学費や警護のための費用として皇国に預けられ、国を跨いで活躍する商業のギルドの何箇所かに分散して、投資されていた。


広大なゼノ山脈も何箇所かに区切って割譲する準備が思索されており、すでにパレルト公爵家が名乗りを上げている。

セリオンは公爵領を切り刻んで切り売りし、姉とともに国外へ出奔する予定だったのだ。


「ゼノ山脈もガゼリ生産地も、公爵領のものであるが、また王国のものである。勝手な割譲は許されません。」

セリオンは肩を竦めた。


「これが現実です。」

アクンディカ伯爵にもう一度目を向けた。


「大切なものを傷つけられても、辞めることも譲ることもできない。それでも、与えられた責任は全うしなければならない。私たちはこの国の安寧を享受する側でなく、与える側だ。一見、享受しているように見えるが、それは立場に相応しい振る舞いというものだ。そういうことは、貴族という身分が与えられている以上、最低限、わかっているものだと思っていたんですが。」


す、とセリオンは腕を組んだ。


「あなたの奥様やご子息方は分かっていらっしゃらなかったようだ。公爵代理である母のことも、随分姦しく、社交場で嘯いてくださったようですね。ご子息やご令嬢はそれを真に受けられたのでは?」


アクンディカ伯爵は、家の中での会話を思い出した。

たしかに妻はグランキエース公爵代理の美貌を羨み、出自の低さをバカにしていた。

グランキエース公爵家が抱える内情を嬉々として話して回っていた。


「身分が上の母に直接、言えなかった嘲りは、そのまま姉に受け継がれた。着飾ることしか興味がなくて、身分を笠に着て、下の身分を虐げる傲慢な性格。学院に現れないのは執行部に失格の烙印を押され、格下の男爵令嬢に婚約者の寵を奪われたことを不満に思っているからだ、と。ご令嬢も女子学園の内外で随分と囀ってくださったようだ。」


アクンディカ伯爵は目線を下げて泳がせた。


「そんな人間が、公定価格を下回る鉱石に興味を持つでしょうか。普通のご令嬢は、鉱石の成り立ちも知らないし、どのように流通してるかも知らないと思いますよ。私の母は公爵夫人という立場にありながら、勉強不足だった。だからこんな馬鹿げた横領に手を染めたのでしょう。あなたのお嬢さんはご存知ですか?」


心底バカにしたように、アクンディカ伯爵を見た。

もちろん、知るわけがない。

アクンディカ伯爵自身も知らない。

アクンディカは武人の家であり、この国がどのように回っているのかを考える家柄ではないからだ。


「姉は特別、聡明なのです。それに公爵家の人間として、王家に嫁ぐ人間として、厳しい教育を受けてきた。周りの人が思うほど、愚図でも浅慮でもありません。鬼才の名が相応しいのは、姉の方です。私に遠慮して、でしゃばらない謙虚さが仇になった。」


「申し訳ございません!」

アクンディカ伯爵は頭を下げた。

「どのような処分でも、お受け致します。」

「流石武家ですね、潔い覚悟だ。では、あなたの考える最悪の処分とは、なんですか?」

アクンディカ伯爵が震える唇で答えた。


「息子の・・・死罪でしょうか・・・。」

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― 新着の感想 ―
そういえばなぜグランキエースの血筋が重要なのだろうか。 王家と関わりがあったりするのかな?
それ「最良の」処分では……。
[一言] 嘯く、は簡単に読める漢字ではないので、ふりがな振った方が良いと思います。今は簡単に調べられる時代ですがね。
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