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69 コンスル公爵派閥1

宰相室に集まっていたのは、コンスル公爵派閥に所属する者たちばかりだった。


そこにセリオン=グランキエースが現れた。


青い顔をした壮年の男性が、セリオンに向かって深く頭を下げた。


「お詫びの申し上げようもございません…。」

セリオンはその薄くなった頭部をチラリと見て、誂えられた席に着いた。


「謝罪は事の次第を整理してから、お受けいたします。アクンディカ伯爵。」

セリオンが言葉を発すると、一同は宰相のとなりに座る公子に注目した。


グランキエース公爵家長子、ファリティナ公女が貴族学院で女生徒を階段から突き落とした件。

公女は入学以来、女生徒を邪険にし、執拗に暴言や妨害を行い、虐げていた。ついには、執行部に所属していた女生徒が放課後、一人で行動しているのを後をつけ、外階段から突き落とした。


その暴虐を見かねた学院生が匿名にて告発し、ファリティナは拘束され、罰としてアーベナルド牢に拘留された。


告発状を共に出したと思われていたギデオン王子が、婚約者ファリティナ嬢の様子を聞くと、死刑囚と同じ牢に入れられていることがわかり、温情をもって、本来なら王族、高位爵位者の政治的叛逆者のための幽閉棟へ入れられた。


そこでも、ファリティナ嬢の行いと処罰は引き継ぎされ、本来なら未婚女性には適用されない重罰、辰砂を取り扱う罰を与えられた。


面会に来たギデオン王子がファリティナ嬢が削っている辰砂は毒性があることに気づき、告発された罪状に対しあまりに重い罰だと指摘され、ファリティナ嬢は釈放された。


宰相室の人間が、ファリティナの顛末を話した。


「刑務院の記録とその後の処遇のことをつなぎ合わせると、以上になります。」

宰相が頷いた。そして、言葉を繋いだ。

「そもそもが、おかしい。」


告発状が直接刑務院で処理されていること。

これは法務院が受け取る場所であり、そこで然るべき専門員によって審議され、刑を確定したのち、刑務院が罰を与える。

その審議がされないまま、いきなり刑は死刑同等とされ、死刑囚として扱われた。

その後、王宮西棟の幽閉棟に入れられる際も、その刑の引き継ぎがなされたため、本来ならば必要のない過酷な罰が与えられた。


なぜそれが可能だったのか。

それはアクンディカ伯爵家子息が、告発状提出者であり、提出の際に被害者がギデオン王子の寵愛を受ける女生徒であり、王子の後押しを受けての提出であること。厳罰を希望していることを、伝えたためだ。

アクンディカ伯爵家は王都警らを管轄する一門の長にあたり、現在の将軍を輩出する派閥になる。


告発状は匿名となっていたが、直接渡された係員はアクンディカ伯爵令息とは顔見知りであり、いずれ、子息が学院を卒業し、刑務院の重鎮として入ってくる場合、側近の地位を口約束されていた。


「アクンディカ伯爵子息、エミルは、自分の家の権力を使い、公爵令嬢を貶め、懇ろにしていた女生徒をギデオン王子の寵姫とすべく企みを起こした。グランキエース公爵家は、公爵家の没落を狙う政略を仕掛けられたと気づいたが、見極めるために公女は黙秘を貫き、その間、蓄積すると毒になる辰砂を削る罰に課せられた。」


「告発された罪もねつ造されたものだ。ファリティナ嬢は昨年1年間、先日亡くなられた末の弟君のために、献身的に看病されていた。学院に登校されなかったことを逆手に取り、悪評を作り上げ、不当に令嬢を貶めた。」


宰相は書類を持ち上げた。

「ここにセリオン公子が提出された反証がある。規定通り、法務院に最初提出されたが、どの告発状の反証かわからないと精査に時間がかかったそうだ。その間、ファリティナ嬢は死刑囚同然の地下牢に3日間も拘留された。着の身着のまま、不衛生で不穏な場所に入れられ、騒いだ囚人を、目の前で撲殺するような凶行を見せられ、さぞや恐ろしかっただろう。」

アクンディカ伯爵の顔が強張り、手が震えた。


「それだけではない。ギデオン王子の計らいで移された王宮西棟でも、公子の面会要請は叶わず、必要のない罰を与えられた。辰砂は、毒を有する鉱石。グランキエースの長子ともあろう方が、そのことを知らないはずはない。」

王宮警護を担当するものが瞠目した。


「公女は自分に死を与えられていることを覚悟して、罰を受けていた。身に覚えのない罪で拘束された時点で、グランキエース公爵家自体に謀をされていると思われたそうだ。ただでさえ、学院内で悪評を流布されている自分が弁明しても、言葉尻を取られて窮地に追い込まれることを恐れて、黙秘を貫かれた。」


大人たちの渋面をセリオンだけは変わらず冷たい美貌でただ黙って聞いていた。


「ファリティナはコンスル公爵を代表する軍閥全体が、自分を敵視していると誤解していた。それには、私に原因がある。」

先代レミルトン伯爵が口を開いた。


「知っての通り、我が娘が先代のグランキエース公爵の妻であった。後妻になられた今の公爵代理は、娘が亡くなった後、あまりにも早く嫁いだ。ファリティナ自身には何の罪もないというのに、私たちの蟠りのせいでファリティナとも疎遠にしてしまった。」


「そのことが、ファリティナを蔑ろにしているように見えたのだろう。ファリティナを侮っても良いと、曲解するものもいたようだ。そのような雰囲気がこの派閥内にあったことに気づいたのも遅かった。ギデオン王子の婚約者となったことで、多少の嫉みがあっても致し方ない。そう思うことで、孫娘を守ることを無責任に放棄していたのだ。」


今更、とファリティナは思っているだろう。ディアスは悔しい。

ファリティナは祖父母からそれほどの関心を受けていると思ってもいなかったようだ。

ファリティナとの距離はまだ遠い。


「このような事態を許した一端は我がレミルトンにある。だが、それを拡大解釈し、王国の盾であるグランキエースを侮っていいことにはならない。それを許したことは軍務を担当するコンスル公爵派閥一同の落ち度だ。況してや、自らの地位を利用して、国の礎となる法を蔑ろにした。安寧のために、武力を任せられている信任に背いた。」


レミルトン卿はセリオンに立って頭を下げた。


「申し訳なかった。グランキエース公子セリオン様。」


セリオンはざわつく室内を収めるように、手を挙げた。


「私はまだ公爵ではありません。」

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