66 悪役は悪役らしく
思いつくと、面白いように事が運び始めた。
ファリティナの悪評は尾鰭がついて広まり、果てはギデオンに袖にされたファリティナは、鬱憤を晴らすために場末の男たちに身を委ねて遊んでいるのだとまで、吹聴され始めた。
媚薬を仕入れて渡している噂も流れた。
奢侈で放逸で、公爵の地位を利用して下を見下す嫌な女。
ファリティナに与えられた印象は、後妻に入った公爵代理そのままだ。
夫の公爵が亡くなり、付随する妻という立場ではなく、公爵と同等の地位を手に入れた当代で一番の成功者。
生まれつきの美貌と、この国一番の財力。王族との縁故。盤石な継嗣。
王宮どころか貴族学院にさえ入れなかった、下級貴族令嬢の目の覚めるような出世栄達。
その大人たちの妬みは、当の本人ではなく、ファリティナに降りかかっていた。
それでも、ファリティナは涼しい顔をしていた。
ファリティナを久しぶりに見たのは、王子の誕生会だった。
一見質素に見える生成りのドレスは、よく見ると絹で、春らしく緑の糸で細かな刺繍がしてあった。その刺繍糸が不思議な光彩で光る。
セリオンが新しく開発した生糸の染色を使った刺繍だった。
ファリティナのドレスは、リボンやドレープが少なくデザインはシンプルに見える。
だが、そこに座っているだけで、気品があり、周りとは明らかに違う光彩があった。
初めて、綺麗だと思った。
セリオンのようなパッと人目を引く美しさではなく、自然な花々に調和するようなファリティナの佇まいが、可憐で美しく見えた。
そしてそんな気持ちを持った自分を、忌々しく思った。
悪役令嬢を好ましく思うなんて。
悪役は悪役らしく、憎らしく演じてくれればいいのだ。
だから、出来るだけ悪辣非道な行いを書き立てて、告発した。
家が権勢を張れる王都警らには自ら出向き、刑務が受理したのですぐに拘束するように、と指示した。
そして刑務には、告発状にある被害者の女生徒は第二王子の恋人とのことであり、いずれ寵姫となる。王子はグランキエースの顔色をうかがっていたが、我慢の限界で匿名の告発状を出すことにした、と説明した。
ことは、回り始めた。
王子が婚約を破棄にすることを望んでいる。出来るだけ重い罰を下すように。と命令を下すと、囚人牢の最下層に入れられた。
聞いたときは高笑いが出た。
権力とはなんと面白いものだろう。
あんなに澄ましていた公爵令嬢が、屈辱に塗れ、命乞いをする。
そうやって反省させて、恐怖を与えることで、どんな高位でも意のままに操る事ができると分かると、神にでもなったような高揚感だった。
だが、翌日から学院の執行部の雰囲気が一変した。
セリオン=グノール=グランキエースが、激昂して刑務院に乗り込んだ。
刑務院は公爵でもない学院生の訴えと捉えて、あまり相手にしすぎなかったようだ。
ほっと一息ついたが、あまりセリオンを怒らせたくなかった。
ここに来て初めて、どうにか事態の収拾を図らなければ、と思った。
だが、すでに事態は自分の手で収拾できるものではなくなっていた。
告発状を匿名で出したため、回収することも難しく、手をこまねいている間にファリティナは王宮の西棟に移動させられた。
そこは自分の家とは派閥の違う、レミルトン家の影響下にある。自分の息のかかった手足となる人脈はない。告発状にはセリオンから反訴がされたと聞いた。
なんとか告発状の取り消しをしようと、告発状を受け取らせた刑務院の文官と接触しようとしたが、接触を拒否された。
本来ならば法務院が受け取り、手順に則って粛々と決定される刑務。
セリオンが反訴を出したことで、法務院はこの件に関して動き出した。
刑務院の文官は、まるで夜逃げのように消えていた。