65 権力
自分の力を試してみたいと思ったのは、セリオンの施策研究を見てからだった。
新しい税制の導入。
グランキエースには温泉が数多くあり、湯治に訪れるものも多い。温泉への訪問客に税をかけるという発想だった。
税は一年に一度、年齢によって決まった額が納められていたが、セリオンの考えた税は、都度、利用料に加算された税だった。
利用者としては、ほんのすこしだけの値上がりになるが、本来、自領だけに納めればいいだけのものが、他領にも納める。
まだ思索段階のもので、議会に出し、可決されればグランキエース公爵領の中でも人気のある温泉地に実験的に導入する、とまだ入学まもないセリオンは提案した。
驚愕した。
税収など、まだまだ大人になってから、しかも、領主になる人間が考えればいいと思っていた。
自分には兄がおり、兄が考えればいい、なんとなくそう思っていたが、年下で、まだ入学したてのセリオンが打ち出した。
鬼才と言われる所以だった。
次々と施策研究を発表する彼の周りには執行部とはまた違う人間達が集まっていた。
おそらく入学前から親交があり、セリオンと研究したいと彼の入学を待っていたようだった。
そのために執行部入りを断ったものもいる、と聞いた。
学院の中心になるはずの執行部より、教員や学院生からの人気は高く、また推薦などなくセリオンに才能を認められれば参加できる。
多少なりとも才能を信じるものは、セリオンに吸い寄せられるように集まった。
自分も、何か自分の力を試したい。
セリオンほどではないが高位である。
ほかの貴族家とは一線を画す。
セリオンはそれが分かっているからこそ、施策を打ち出し、自分の力がどこまで行き着くのかを試しているのだと思った。
その権力の使い方に、感心した。
やってみたい。
貴族の権力というもの。
武力を使いこなすには、権力を使いこなさなければいけない。
体の力がない分、知略を使う。
セリオンと同じ学院生という身分だが、自分の家という力がどこまで使えるのか。
そう思っていた時、執行部のアマンダの靴が隠されるということが起こった。
男女別の教室でダンスの講義を受けた後、アマンダの靴がなかった。
講義中はダンス用にヒール靴を履いていたが、いざ履き替えようとするとない。
結局、放課後、執行部全員、ギデオンまで捜索に加わった。
靴は裏庭に投げ捨てるようにしてあった。
わあ、と泣き出したアマンダを、ギデオンが慰めた。
このところ、やっかみを受けるのだ、とアマンダはしゃくりをしながら話した。
後日、アマンダを囲んで誰が犯人なのかを話し合った。ギデオンは公務のために欠席していた。
公女だ、と言い出したのは誰だっただろう。
「公女って、ファリティナ様ですか?どうして?」
「そりゃ、ギデオン様の婚約者だからに決まってる。アマンダがギデオン様のお気に入りだから、面白くないんだ。」
「ええ!?婚約されていたんですか?」
一同が驚いた。そんなことも知らないほど、アマンダは貴族の社交界から遠い存在だった。
「や、やっぱりそれで…」
納得したようにアマンダは言った。
いつも教室にいても目を合わせてくれないのだ、とアマンダは言った。
ギデオンや高位貴族家の者達と仲良いアマンダの周りは、縁故を作ろうといつも人だかりがある。
だが、それにファリティナは入らない。
そのことが気になっていたらしい。
あまり教室に姿を現さないし、いたとしてもほんの数人の親しい人としか話さない。
終業まで待たず、いつのまにか消えてしまうこともしばしばだ。
それに、以前、アマンダは令嬢から注意を受けたらしい。ギデオンとの距離が近すぎる。ファリティナに配慮すべきだと。それに対してアマンダは言い返した。
この学院で身分の貴賎はない。
友人関係に口を出すなんて下品だと。
令嬢は怒ってすぐに帰ってしまったが、その時になぜファリティナにと思い、周りに聴くと、昨年までギデオンに随分付きまとっていたのだと、教えてくれた。
「ギデオン様は何もおっしゃらなかったから…。」
「思い人の前で婚約者がいるとは言いづらかったのかもね。」
「え?!思い人?」
アマンダは真っ赤になった。
「ギデオン様は王族だから、仕方なくファリティナ嬢と婚約したけれど、そんな窮屈な身分じゃなければ、結ばれていたかもしれないね。」
「し、仕方なくなんですか?」
「王国の盾と言われるグランキエースに申し込まれたら断れなかったんじゃないのかな。財力はどこよりも多い。」
そうなんだ…とアマンダは眉を下げた。
「大変なんですね、王族って。」
「王族だけじゃない。どこの貴族もそんなものだ。ファリティナ嬢がセリオン殿ほどの美貌と才能があれば、良かったのに。」
「仕方ない。母親が違うんだから。」
えええ⁈とアマンダがまた大きな声で驚いた。
「社交界では有名な話なんだ。セリオン殿の母親こそがグランキエース公爵の思い人だったんだ。政略でファリティナ嬢の母親は嫁いだけど、すぐに亡くなって。都合が良かっただろうな。すぐに後妻に入ったんだ。なんでもメイドをしていた元は子爵家の方だそうだ。」
へぇとアマンダは興味深そうに聞いていた。
「身分なんて、本当の気持ちには負けてしまうんですね。セリオン様は真実の愛から生まれたんですね。良かった。」
ほお、とアマンダは頬を染めて言った。
そうか、と、その時思った。
不義の子はファリティナの方かもしれない。
もともと、亡きグランキエース公爵と公爵夫人は愛し合っていたのだろう。身分を盾に、政略を盾に二人を引き裂いたのは、ファリティナの母親の方かもしれない。
きっと、公爵家もファリティナの扱いを困っているのだろう。
どうりでセリオンとの仲も微妙なはずだ。
今年入学したというのに、セリオンは入学時点で飛び級してきた。
それが気にくわないのか、ファリティナは今年になって、学院にほとんど来ない。
近くで二人がすれ違うのも見たことがない。
きっと、セリオンはファリティナのことを邪魔に思ってるはずだ。
すでに引退してはいるが、英雄と謳われる先代のレミルトン伯爵は、未だ軍閥に強い影響力を持つ。グランキエースと軍閥の長とも言えるレミルトンの不仲はファリティナが原因だ。
セリオンは公爵になり、きっといつか宰相にもなる。その時に、議会や高位貴族をまとめる障害となるだろう。
取り除いてやろう。
そうすれば、いつか恩が売れるかもしれない。