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64 こんなはずじゃなかった

こんなはずじゃなかった。


少年の時期は過ぎようとしている、だがまだ柔らかい拳を、机に叩きつけた。

反動は自分に返ってきて、鍛えていない肌は赤く滲んだ。


軍事と刑務を司るコンスル公爵家の血筋で、家は将軍職を拝命することもある武人の家柄だった。

だが、彼は騎士の道を諦めた。

騎士だけが、武人の道ではない。武力で物事を制するにはそれを使いこなす知略が重要なのだと、父親は言った。


体格に恵まれなかった彼は、その通りだと思い、騎士を諦め、貴族学院に集中することにした。


セリオン=グノール=グランキエースの名前を知ったのもその頃だった。

貴族学院に入学前の12歳だと言うのに、鬼才の名を轟かせた天才。


初めは公爵子息への阿りだと思っていた。

名を挙げたのは新しい薬の研究だった。卵を使った皮膚病薬。話に聞いたときは地味だと思ったが大人たちが口々に褒め称えるので、すごいことなのだと思った。


名前と顔が一致したのは、妹が屋敷のサロンで母親に縋り付いて大泣きしたときだ。

セリオンと同じ年の妹の婚約を申し入れたが、素気無く断られた。その時に、妹が叫んだのだ。


「何よ!あんな顔だけの成り上がりの女の子どものくせに!」

「やめなさい!!公爵様ですよ!」

「お、お母様もそう仰ってたじゃないですか!あの公爵夫人は顔だけで誑し込んだんだって!前の夫人が生きてらっしゃる時からの裏切り者だって!」

「やめなさい!」


母親が青い顔をして叫んだ。


その話はコンスル公爵派閥の公然の秘密だった。

秘密というだけあって、軽々しく口にしていいものではない。

だが、まだ幼さのある妹にはその分別がつかなかったのだろう。


「次男にしておけば良かったわ。二つ下だけど、公爵家には変わらないもの。」

「嫌ですわ!セリオン様が良かったのです!」

わああ、と妹はまた悲劇の姫のように泣き始めた。


ああ、妹が熱を上げていた中性的な美少年こそ、セリオン=グランキエースだったのか、と合致した。


家柄は少し下になるが、我が家は高位の爵位に属する。

なぜ断られたか聞くと、公爵家に立て込んだ事情があり、まだセリオンには早いと、判断したためだった。


その後すぐに、姉、ファリティナ=グランキエースと第二王子ギデオンの婚約が発表され、まもなく公爵が亡くなった。


それでも妹は納得がいかなかったようだ。

むしろ、自分の申し出は断られたのに、ファリティナが婚約を結んだことに腹を立てていた。


ファリティナの存在は自分の家では有名だった。


コンスル公爵派閥が誇る将軍ディアス=レミルトンの孫娘。

グランキエース公爵の裏切りの悲劇の子。

同情と好奇心に溢れた目で、両親や特に母親たちの仲間は、社交場でファリティナを見ていた。

そして、嘲笑うのだ。

公爵家の後妻に入った美貌の夫人を。


そこには同時にファリティナへの嘲りも入っていた。


ファリティナの母のウィンディが、後妻に負けないほどの美貌なら、男の心を射止める才能があれば、こんなことにはならなかったのに。と。

裏を返せば、名門レミルトン家への嘲笑だった。


伯爵家でありながら、本家コンスル公爵家を凌ぐほどの権勢、しかも違う派閥、当代一の貴公子と言われる若き公爵の妻になれた幸運な女性へのやっかみだった。


だが、王家に次ぐ高貴な血筋と、王国一の財力を誇るはずの盟約の成婚は事実上、破綻していた。

社交場で暇を持て余している貴婦人たちの恰好の的だった。


そして同情という仮面をつけて、残されたファリティナを侮るのだ。美貌も才能も格下の貴族家に劣った、哀れな公爵令嬢、と。


王子との婚約発表の後、どこかの社交場で王子とともに現れたファリティナを見て、成る程、と思った。

美々しく着飾ってはいたが、花がない。

花が咲いたように美しい王族の兄弟に囲まれると、ファリティナはまるでふさわしくなかった。


嘲りの心が生まれた。


女たちが姦しく噂するように、大したことのない、身分があるだけの少女。

レミルトン家は後妻が入ってから、全く彼女に関与しないらしい。


グランキエースとレミルトンの間には、確執だけ残り、レミルトンの愛娘の命を奪って生まれた孫娘のことはなかったことにしているらしい。



学院に彼女が入学したとき、ギデオンについて回るファリティナをなんとみっともないのだろうと思った。


これならば妹の方が、よほど誇り高く振る舞う。一度セリオンを断られてからも、未練があるようだが、いつかふさわしくなれるようにと、ダンスに刺繍にと淑女教育に余念がない。淑女教育を行う女学院に進学したが、編入してセリオンと同じ貴族学院に行けるようにと、難しい教養学も頑張っている。


第二王子のギデオンは、あまりファリティナには興味がないようだった。

ファリティナよりも将来自分の側近になるものを見極めなければいけないと、なるべく貴賎なく才能のあるものと話すように心がけていると聞いて、感心した。


ギデオンは二年目からは必ず執行部に入る。その時に、自分も選ばれれば、側近の道は明るい。


ギデオンの入学した年はとても華やかだった。

久しぶりの王族入学とともに、たくさんの貴族家が我こそはと思うものを送り込んでいた。


その中に男爵令嬢のアマンダがいた。

男爵家では貴族学院に通わせる余裕はなかったが、縁故のある子爵家が学費を肩代わりしてくれることになった、とアマンダは少し恥ずかしそうに話してくれた。


成る程、アマンダは才能のある少女だった。


打ち出す研究施策は、市井の人々に密着していて庶民の支持を受けそうなものばかり。

明るい人柄で、貴族独特の腹の探り合いをする言葉も使わなかった。


執行部入りを推薦すると、とても張り切って、手を取って感謝を示してくれた。

意外にもファリティナを推薦するものはいなかった。


そのことに内心、ほくそ笑んだ。


ファリティナが遊び歩いているせいで成績が振るわないのだ、と嘯いた。

すると噂は尾鰭をつけて一人でに歩き始めた。

ファリティナの評判は面白いほど転げ落ち、代わりにファリティナは噂を裏付けるように学院に姿を見せなくなった。


ギデオンはまるで、王族という枷を外したように、清々しい顔をして学院生活を謳歌していた。

叩けば響くような才気煥発な仲間たち。明るく庇護欲をそそるアマンダ。

王族という身分のために、たくさんの優遇があり、近くに侍るものは当然のように享受できた。


その一つが昼食時の、専用席だった。

ギデオンが招待したものだけが座れる席があり、そこには給仕がつき、護衛がついた。

執行部員たちは毎日、議論を理由にそこに集まり、楽しいひと時を過ごした。


アマンダが、ギデオンに並々ならぬ憧れを持っていることは、近くにいるもの達ならすぐに気づいた。

自然、アマンダを応援するようにギデオンの隣が固定席となった。



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