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61 鬼才が目指すもの2

「君は、誰がファリティナ嬢を陥れたのか、見当が付いているのか?」


コンスル公爵は、涼しい表情を崩さないセリオンを睨むようにして聞いた。だが、公爵の威圧にもセリオンは動じない。


「…まあ、だいたいは。」


「なぜ、即時に訴えない?これだけの侮辱を受けて、どうして黙っているんだ!?」


「話がややこしくなると思いまして。」


「ややこしく⁈」


「ファリティナが貶められて、拘束されたことと、グランキエースが国を欺き鉱石や硝石で不当な利益を得ようとしていたのは別の話です。ですが、どちらもグランキエースの没落に結びついている。」


セリオンは流れるように話した。


「二つの事柄を引き起こしたのは別々の人物、もしくは派閥だと思います。だが、目的は同じ。グランキエースの没落です。」


「そして、私たちは張りぼてだ。姉が血筋を持つコンスル公爵派閥からの後ろ盾はなく、議会や社交界では公爵代理は資質を疑われ、派閥は壊滅的。いくらわたしという継嗣がいるといっても、まだ学生の青二才。成すすべなどありません。」


どこが青二才だ。宰相は心の中で毒づいた。

グランキエースの横領を自らの手で掘り起こしたことや、ここで話題には出ていないが、生糸の染色技術を惜しげもなくサイリウム伯爵に売り渡したことも耳に入っている。

生糸染色など、今、この国中の貴族たちの垂涎の的だ。

わざわざ、グランキエースにめぼしい実業家を集めて披露して、その目の前でサイリウム伯爵に売り渡した。


しかも結構な高値だ。

だが、これから先、染色した絹は誰もが欲しがる。売買した値のさらに上の値を吹っかけても、買い取りたいという貴族はいただろう。

セリオンの売った金額は、これからの生糸染色技術の基準になる。


この技術一つで、叙爵できることもあるのだ。

それを、格下の一貴族に売り渡した。

王家、議会の頭を飛び越して、何の未練もなく。


この美少年の皮を被った策略家は分かってやっているに違いない。


「では、どうするつもりだったんだ?このまま、没落するつもりだったのか⁈」


セリオンは肩を竦めた。


「それしかないでしょう。なんだったらわたしたちは、王家からも見捨てられているんですよ。反抗すれば、反逆罪で死罪もありえる。実際、ファリティナは死を念頭においた囚役を与えられていたんですから。」


「囚役だと?幽閉されていたのではないのか?」


「幽閉場所には、アーベナルドの最地下に入れられたファリティナの扱いに驚かれたギデオン王子が、温情で移してくださったのです。扱いは最初から死罪の囚人と同じです。西棟の幽閉部屋でも、ファリティナは辰砂を素手で削る罰を与えられていました。」


3人の中に沈黙があった。


「アーベナルド?辰砂?どういうことだ!?」


叫んだのはコンスル公爵だった。

ディアスも青くなった。

先ほど、アーベナルドの最地下に入れられていたと聞いたばかりだったが、その上、毒を含ませる罰まで与えられていたとは。

ファリティナたちが、敵だと認識してもおかしくない。


「断じて、私たちではない。一介の令嬢を、しかもこの国の礎である公爵家の姫を、そんな卑劣な手で虐げるなど。」

セリオンは顎に手を当てて、首を傾げた。


そんな仕草には色気がつきまとう。


それなのに侮りを寄せ付けない、気迫のようなものがある。

たった15歳の少年に翻弄されているような気がする。


宰相はこめかみを押さえた。


涼しい顔をして淡々と話しているが、セリオンはかなり怒っているに違いない。

ファリティナが拘束されてからも何度か面会し、卒業後、公爵位を継いでから、宰相室に籍を置くように説得していた。

ファリティナの話題には敢えて触れないようにしていた。自らの派閥との複雑な関係、そして悪評。彼の将来と、姉のファリティナの悪評は切り離して考えるべきだと思っていた。

セリオンはのらりくらりと返答を避けていた。


まさか、こんなことを隠し持っていたとは…。


「そう言われても、ファリティナが貶められたのは事実ですから。だからといって、何かしてもらおうとは思っておりません。」


うっすらと笑う。

とても美しいが、底知れない毒がある。


「終わったことです。ギデオン王子の機転により、ファリティナは無事帰ってきました。ファリティナの怪我は公爵代理に付けられものです。今はゆっくり養生してもらいたいのです。色々と辛いことがありましたから。」


「そういう訳にはいかない。グランキエースはこの国の盾だ。その名を貶めたままではいけないんだ。」


そうでしょうかね。とセリオンは不敵に笑った。


「名など、望んだものじゃない。」

冷たい響きを持って、言葉が響いた。


「命さえあれば、笑える日がくる。」


セリオンから微笑みが消えた。


「姉は私にそう言いました。わたしに、生きて、と。この国がそれを望まなくても、わたしは姉が生きていることを望みます。生きて、笑ってくれることを。」


セリオンの美しい仮面が外れ、大人たちを強い目で見返した。


「貴族の名誉なんて、命の前に比べれば矮小なものだ。失ってしまえば、二度と帰ってこない。謝ることもできない。」


泣けないファリティナ。

ジェミニのことを弔いたいのに、今の体調では泣くこともできない。

セリオンの前では言わないが、ファリティナはジェミニを喪った時点で生きる希望を無くした。儚げなあの雰囲気は、それを感じさせる。


どうしたらジェミニを助けることができたのか。セリオンが考えても答えは出ない。

生まれてきた瞬間から死を望まれ、毒を盛られていた彼を助けるには、母親の側からなるべく離れるしかなかっただろう。

ファリティナのしたことしか、正解は浮かばない。


だが、喪ってしまった。


慟哭して、全てを呪いたいその気持ちさえ、ファリティナは捨てなければいけない。

あまりにも上手にそれをやってのけるファリティナに、セリオンは悲しく思った。


きっと今までも、何度も同じことをしてきたのだ。一つずつ、自分の尊厳と同時に、生きる希望を捨ててきたのだろう。


「だが、グランキエースは大名だ。没落などできない。そんなことになれば…。」


「だから誰かが引き継いでくれるでしょう。そのために罠を仕掛けたのだから。」


「そんなことをみすみす…!君たちはどうするつもりだったんだ。君にはファリティナ嬢以外にも兄弟がいるだろう。」


「末の弟は、最近亡くなりました。それ以外は、皇国に留学に出しました。」


宰相が顔色を変えた。


「亡くなった…?それは。」


「まだ4歳でしたからね。体が弱く披露もされていませんでしたから、こちらで葬式は挙げていません。亡くなったのは、サイリウムのモドリ城でした。」


それで、サイリウムか…。

生糸染色の合点がいった。


「お悔やみ申しあげる。」


そう言うと、セリオンの目に一瞬、怒りが灯った。

その圧に、大人たちは怯む。

だが、セリオンはすぐにそれを収めた。


「だが、ほかのご兄弟は全て皇国とは…。なんのつながりが…。」


「つながりなどありません。今から作るつもりでしたから。」


「まさか…。」


セリオンは美しく微笑んだ。


「生きてさえいれば、笑える日が来る。私たちはその場所を探しているだけですよ。」

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― 新着の感想 ―
15歳の少年にこんな覚悟の言葉を言わせてしまうとは・・・つらい。
度々作者さんの意識的な書き方に意見してしまうようで恐縮なのですが、(これまでのものも、あるいは今後も……)一意見として失礼を承知で書かせていただきます。敢えてであれば読み流していただければと思います。…
[一言] 何度でも言うわ この国はもう終わってんな・・・
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