60 鬼才が目指すもの1
甘い。甘すぎる。
姉弟の枠をとうに越えた、二人の語らいをディアスは苦々しく見ていた。
ファリティナを引き取ってから、セリオンは毎日様子を見に来る。
その度に、こうやって頭を抱えている。
あまりにも近すぎる距離。
囲うような溺愛。
腹違いとはいえ、正真正銘の姉弟だ。
セリオンの口車に乗せられて、いつかファリティナが一線を越えてしまいそうで、ヒヤヒヤする。
いつかはファリティナは公爵家へ戻る。その時までに、新たな婚約者を見つけなければ。セリオンの手の内に入ってしまえば、ファリティナが危ない。
そう言って、コンスル公爵に相談した。
「・・・そこまでですか。」
歴戦の勇者である叔父の相談事に、コンスル公爵も額に手を当てた。
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セリオン=グノール=グランキエースのことはもちろん知っていた。
幼い頃から、天才の名高い貴公子。
挨拶を受けたことも何度もある。
その時も、子どもであるのにまるで子どもらしくない、だが、将来を共に背負って立つ気概のある為人だ、と感心した。
それほど完璧な受け答えだった。
コンスル公爵は、宰相から急ぎの呼び出しを受けた。
火急の用と、王宮の宰相室に入ると、セリオンと先代レミルトン卿、宰相が揃っていた。
その顔ぶれに何か新しいことが始まったのだと分かった。
きっと、セリオン=グノール=グランキエースの姉、ファリティナ=ウィンディ=グランキエースのことだ。
先日、ディアスからの要請で、王宮西棟に幽閉されているファリティナと面会できるように取り計らったばかりだ。
ディアスからは、既に釈放されて屋敷に戻っていたと連絡を受けた。
そこからの動きは知らされてない。
釈放されたことで良しとし、静観するのかと思いきや、宰相室に呼び出され、渦中のグランキエースの継嗣と引き合わされた。
「ファリティナに会いに行ったのだ。」
ディアスは順を追って説明してくれた。
面会を断られ満を持して無理矢理押しかけてみると、目を負傷したファリティナが出てきた。
母親の公爵代理に搏たれたという。
割れた扇の先が眼球を傷つけ、失明の可能性もある。
公爵家は安全でないと判断して、攫うようにレミルトン家へ保護した。
そのまま、セリオンを伴い、宰相に面会を求めた。
「公子と、ファリティナ公女は、コンスル公爵家派閥がファリティナを嵌めたと思っていたそうだ。」
コンスル公爵はそう聞かされて、顔を顰めた。
「何故です⁈そんなことをして、何になる。」
「私たちは、ウィンディを喪ったことを恨みに思っていると。」
思わぬことを言われて、コンスル公爵は言葉が出なかった。
セリオンは大人たちの会話に臆することなく耳を傾けていた。
「確かに、私はウィンディを亡くしてからグランキエースと縁を切ったような態度だった。」
ウィンディが亡くなった時、ディアスはまだ将軍職にいた。南辺境の紛争がピークを迎え、交渉に走り回っていた。
何も知らせられないまま、まるでウィンディが亡くなったことをいいことに愛妾を妻に迎え入れたのだ、と激昂した。だが、相手は格上の公爵家。コンスル公爵家派閥から一度は縁故を結ぶために嫁いだことは成しているため、レミルトン家だけが距離を取るような形だった。
「だが、君たちを不幸にしようなど思ったことはない。むしろ、ファリティナを見守っていた。大切な娘の忘れ形見だ。幸せになってほしいと思うのが自然だろう。」
「…人の心など計り知れません。」
セリオンは、ディアスの言い訳をバッサリと切った。
「ファリティナに冷酷を強いたのはレミルトン家だけではない。コンスル公爵派閥の力がなければ、彼女をあんな無残な扱いにはできない。レミルトン卿、あなたが指示したのではないと、私もだんだん分かってきました。ですが、コンスル公爵派閥がグランキエースを攻める時、一番反抗できない弱い立場にファリティナを追い込んだのは間違いない。」
「もちろん、それは、レミルトン家だけのせいではありません。せっかく王家と婚約していたのに、その相手から遠ざけられ、寵を奪われたと負け犬のように扱われた。そのことについて、抗議もしなかった我が家の態度にも問題があったと思います。」
暗に、婚約関係にあった王家もファリティナを卑しめていた、とセリオンは匂わせた。
「…誰もが、ファリティナを蔑ろにしていたのです。その隙を突かれた。今はそう思います。」