55 レミルトン卿1
ファリティナに会わなければいけない、と思ったのは、夏の間を領地で過ごし王都に戻ってきてからだった。
ディアス=マドルカ=レミルトンは、息子に爵位を譲って、春から夏にかけて領地で過ごすようにしている。
いつものように秋の園遊会に出席するため王都に戻ると、コンスル公爵から呼び出された。
第二王女が嫁ぐ南辺境の紛争で、思ってもみないことが起きている。
現コンスル公爵は、ディアスにとって甥にあたり、先代であった兄はすでに他界している。若き軍閥の長が頼りにしているのが、かつて将軍も務めたディアスだ。
「敵方の武器に廻旋型中型銃器が使われています。」
「こちらのものを、盗られたのでは?」
「中型銃器そのものは、あちらも手に入れていたのは知っています。ただ、補給ができなかったはずなのです。」
ディアスの眉が上がった。
「こちらの銃弾が横流しされているのか?」
「いえ、おそらくそうではないと。回収した実弾を見ると、こちらのものと違います。砲弾など、原形を留めないくらい鉄の強度がない。そんなものをこちらは使いません。」
「では?」
「敵方で作成したものでしょう。」
ディアスは眉を寄せた。
「硝石の扱いに慣れたものでもいるのか?」
「それです。銃弾に使う爆薬が同じものを作成できる。技術はまだ届かなくても、中の成分はほぼ同じなのでしょう。」
「バカな。あれはゼノ山脈からの硝石しか…。」
まさか。とレミルトン卿は青い顔をした。
「調べてみると、辺境周辺で硝石土砂が販売されています。表向き皇国から流れて来ているとなっていますが、成分はほぼ同じです。」
グランキエース…。
レミルトン卿は呆然と呟いた。
亡くなった愛娘が嫁いだ公爵家。
今は疎遠となっているが、忘れ形見の孫娘がいる。
この国を支える四大公爵家の一つ。
内政のグランキエース。
産業を興し、土地を整える技術を得意とする大家である。
その山脈から算出される鉱石類は国内での流通価格が決められ、販売経路も限られている。
それは、この事態を引き起こさないようにするためだった。
質の良い鉱石や硝石は、精度の高い武器を製造できる。
王国の強靭さはこのゼノ山脈から取れる鉄鉱石を使った精度の高い武器と、鍛錬の賜物である。
それを周辺他国に容易に真似させないためにも、価格や経路は限っていた。
グランキエースはその則を犯して、他国に流している。
しかも、それは精度の高い武器として、王国に向かって牙を剥いている
「なぜこんなことが起こるんだ…。」
「調査中ですが、鉱石や硝石土砂はグランキエースの管轄下ではなく、パレルトの管轄下を通って他国に流れているようです。」
「パレルト?」
「具体的にはガヴル子爵領。あれですよ、グランキエースの女狐が今入れ込んでいる情夫です。」
コンスル公爵の侮蔑的な言い方に、ディアスはますます眉を顰めた。
グランキエースの前妻の里になるコンスル公爵派は、後妻の彼女にいい印象はない。
それは、実質的にコンスル公爵派閥の一位であったディアスたち、レミルトン家の態度に起因する。
愛娘の喪も明けぬうちに、グランキエース公爵の後妻に居座った女。
たしかに垂涎ものの美貌だが、その容色だけで公爵を誑し込んだと言われるくらい、社交界での評判は悪い。
立ち居振る舞いはなんとかなっているが、側に寄せている人々は下位貴族家が多く、公爵代理となっている今では、あからさまに彼らに利を与えることをする。
今までの派閥家は、それまでの既得権を失い、グランキエース派閥を離れていっている。
継嗣となる長男は、鬼才と言われる優秀さだが、まだ学院に通う少年。
人間関係で繋がる派閥を維持することはできない。
「全く、浅はかなことをしてくれる。ローゼマリー様が嫁がれるというのに、そこに向けられた銃口が我が王国のものだと知れたら、内戦を収めるどころか、この国全体に広まってしまう。」
せっかく勝ち取った辺境伯との信頼も消える。
ローゼマリーは、想像以上の荊の道に放り込まれる。
王家、ならびにマニレツネ家は怒るだろう。
「あんな女が入り込んだお陰で、国全体のバランスが壊れる。せっかく、ウィンディが命をかけて産んだ子どもも、まともに育てられず、憐れなことだ。」
「…ファリティナか。何かあったのか?」
「西棟に幽閉されています。第二王子の恋人を虐げた罪で。」
「…なんだと?第二王子の婚約者はファリティナだぞ?なぜ、道に悖る相手のせいでそんな目に。」
王宮西棟は、歴代、国家転覆を謀ったような、叛逆的な王族が閉じ込められた場所だ。
「貴族学院内で、王子の恋人と噂される男爵令嬢を階段から突き落としたそうです。王子は恋人である件は否定しているみたいですが、処分の仕方からして事実なのでしょうね。よほど、ファリティナ嬢のことが気に入らなかったようだ。」
「それにしても、やり過ぎではないか。その恋人は死んだのか?」
「いいえ。軽傷だったようで、すぐに学院に復帰しているそうです。なんでも執行部が同じだとか。才気煥発でとかく人気のある生徒らしい。王子も特に寵愛していたようで、学院にいる間は側を離さなかったようですよ。」
「なんて恥知らずな…。」
ジワリ、と怒りが湧いた。
娘だけでなく、孫まで。
同じように、容色と軽薄さだけが売りの下位貴族に負けて惨めな思いをさせられるとは。
亡くなってしまったウィンディのことを思い出し、ギデオンの所業を恨めしく思った。
「グランキエースは抗議しなかったのか。」
「公爵が存命であれば許さなかったでしょうが、あの女狐ですからね。」
コンスル公爵が肩を竦めた。
「どうやらファリティナ公女に見切りをつけたようだ。公女との婚約を解消して、件の令嬢を、傍流のグランキエース伯爵家の養女として迎え入れたようです。グランキエース伯爵家はガゼリ生産地も同時に譲り受けている。公女の代わりに、第二王子妃として召し上げさせる予定でしょう。ガゼリもつけて。」
「…そこまでするか…。」
「ガゼリの件は、あの嫡男の入れ知恵でしょう。やり手の噂は姦しく聞こえて来ますから。」
亡き娘の忘れ形見。
命をかけて産んだ孫娘。
せっかく生まれて来たというのに、あの公爵家の中で、やはり幸せにはなれなかったのか。
そう思い、深く息をついた。
今やグランキエースは正しく受け継ぐべき血統ではなく、容色を武器にのし上がった強欲な女のために恣にされている。
あの女が生んだ子どもの存在も良くなかったのだろう。
天才の名も賑やかな公子。
優秀さと、両親から引き継がれた煌びやかな美貌で、いまや時代の寵児になろうとしている。
本来の血筋なら間違いなくファリティナの方が上だと言うのに、まるで陰に隠れ、それどころか弟の才能を妬んで、捻くれてしまったとの専らの噂だ。
その歪な環境が、ファリティナの性格を歪ませてしまったのだろう。それ故に第二王子の機嫌を損ねてしまうような暴挙を犯したに違いない。
憐れな。
ディアスは思った。
「それで、ファリティナは今も西棟に入れられているのか。いつ釈放されるのだ?」
「わかりません。もう一月以上になる。」
「一月⁈たかが下位貴族の娘に怪我を負わせたにしては、大げさな。」
「入れたのは第二王子ですからね。新たな婚約の邪魔をしないようにおとなしくさせているつもりかもしれません。」
「ふざけたことを!グランキエースの抗議がないことを良しとして、王族の力を恣にするとは。少々甘えたところのある末王子だと思っていたが、自己本位な痴れ者だったか。」
家族からも、婚約者からも見捨てられた公爵令嬢。
物心ついた時には実の母はなく、狡猾で頭の回る弟のために、日の目も見ず。
助けてやらねばならぬ。
ディアスは思った。
今まではそれなりに幸せなのだろうと遠くから見守るだけにしておいたが、今回は。
不遇な環境のために性格まで歪んでしまったのなら、多少の不愉快を引き受けてでも、自分たちとともに心安らかに過ごさせて直してやりたい。
そうでないと、新たに落ち着く先も見つからないまま、婚姻さえ逃し、惨めな人生を歩むことになるだろう。
「ファリティナに面会できるだろうか。」
ディアスは甥に相談した。