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5 ジェミニを生かすために

夜会の乾杯が終わり歓談の時間になった。

ワルツが流れ始めたが、ファリティナは椅子から立ち上がることができなかった。


母とガヴル子爵は連れ立って高位貴族に挨拶に回っている。


ファリティナは小刻みに震える扇を眺めながら、自分を抑えていた。


なんということ。

たとえ、父である公爵が亡くなっていても、いずれジェミニが長じて社交界に出るようになれば、ガヴル子爵との関係がわかってしまう。


あの子を、このまま公爵家に置いておけるのだろうか。


セリオンや他の弟妹はこのことに気づいているのだろうか。


もし気づいていなかったら、セリオンはジェミニをどうするだろう。


ジェミニは明らかに不義の子。

母がセリオンに譲位し、引退したときに一緒に領地へ送ってしまえば、ジェミニの存在は社交界には秘匿できる。

だが、ガヴル子爵は未だに既婚だ。知ってしまった以上、事は簡単には済まない。


「・・・・・・姉様。ファリティナ。」


セリオンが呼んで、ファリティナは顔を上げた。

怜悧に整った顔を歪め、ファリティナを見ていた。


「どうしたんだ?」


ファリティナはセリオンを見返した。


セリオンは気づいていないのだろうか。ジェミニとガヴル子爵がそっくりなことを。

その可能性もあると思った。


ファリティナでもジェミニの顔をしっかり認識し始めたのは、ここ数ヶ月。あの冷え切った家族関係の中でセリオンがジェミニに特別な情を与えているとは思えない。


もし、彼がこのことに気づいたらどうするだろう。

母を詰るだろうか。

ジェミニを保護してグランキエースの一員として育ててくれるだろうか。


私からジェミニを取り上げないだろうか。


むせ返る芳香と人の騒がしさで、ファリティナの考えはまとまらない。

苦しく、俯くとセリオンに話しかける人がいた。


「・・・・・・セリオン。何かあったのかい?」


婚約者のギデオンだとファリティナも気づいた。

しっかりしなければ、と奮い立たせ顔を上げると、セリオンが庇い立つようにファリティナの前に立った。

「申し訳ありません。殿下。姉は気分が優れないようで。」


「そうか。ダンスに誘おうと思ってきたんだけど。」

ギデオンが苦笑気味に言った。

セリオンがファリティナを見るので、ファリティナは助けを求めるように小さくかぶりを振った。


「申し訳ありません。このような顔色なので。」

「うん。たしかに真っ青だね。どうしたのかな?先程までは元気そうだったんだけど。」

「できればこのまま退出させたく。」

「うん、いいよ。セリオン、君は残る?執行部は君を紹介してもらいたいって。」

はい、とセリオンは固い声で答えた。


ファリティナはフラフラとした足取りで屋敷に帰った。


屋敷に帰ると真っ先にジェミニの部屋へ向かう。

ジェミニは予想以上に早く帰ってきたファリティナに大喜びだった。


着飾った盛装も解かず、ファリティナはジェミニを膝に乗せ、絵本を読み聞かせた。そのままいつものように眠るまで手を握ってやる。寝付きの良いジェミニは程なく安らかな寝息をついた。


やはり、似ている。


絶望的な気持ちで、ファリティナはその安らかな寝顔を見た。


思い違いだと思いたい。

どこかに父に似た容貌はないかと探したが、先程会ったばかりのガヴル子爵の面影ばかりが浮かぶ。


このことに気づいているのはどれくらいいるのだろう。


母がガヴル子爵を連れて回るようになったのは、ここ一年ほどの間だと思っていた。すでに公爵は亡くなり、女ひとりで公爵代理という大役を負うには荷が重く、昔馴染みの知り合いに頼りたくなる気持ちはわかる。

子爵が公爵家に居座ることもなく、既婚であることから、二人は言うなれば気の合うパートナーだと今のところ思われている。

この先、関係が愛人になったとしても、その時に子爵が今の夫人と離縁していればなんとか体面は保てる。


だが、ジェミニは明らかな証拠だ。


ファリティナは深くため息をついた。


ジェミニはまだ小さい。病弱で屋敷の外どころか部屋の外にも、ファリティナが来るまで出たことがなかった。

最近やっと、ファリティナが手を引き庭の散歩に連れ出したくらいだ。

あと、二、三年はこの調子で、屋敷の中に引きこもっていられる。

その間にこの不貞の証拠を隠すしかない。


そうでなければ。


そうでなければ、どうなるだろう。


ファリティナは頭を振りながら、ジェミニの部屋を静かに出た。


「ファナ姉様!!」

ファリティナを呼び止めたのは、妹のセアラだった。

「まあ、セアラ。まだ起きていたの?」

「寝ようとしてたんです。だけど、馬車が入ってくるのが見えたから。」

セアラはファリティナを探していたようだった。

「…姉様、綺麗。」

9歳のセアラは憧れを含んだ目で、ファリティナを見上げた。

盛装で着飾ったファリティナはいつもと違い、髪を高く結い上げ、一揃いの宝飾品をつけていた。

ファリティナは軽く微笑んだ。

「セアラも、こんな格好がしたい?」

「はい!したいです!」

「セアラのお茶会のドレスも素敵だったわよ。ピンク色はわたしには似合わないけど、セアラにはよく似合うわ。」

「そうかしら?セアラはお姉様のような紫色がいいわ。」

ファリティナはにっこりと微笑んで、耳飾りを取った。

セアラの両手にそっと握らせる。

「差し上げるわ、セアラ。このイヤリングが似合うように、淑女のお勉強を頑張って。大丈夫、セアラにはすぐよ。」

はい!とセアラは嬉しそうに返事をした。

ファリティナはそのままセアラと手を取り、部屋まで送った。



ジェミニが不貞の子だと世間にわかってしまえば。


公爵家は派閥の信用を失う。


もともと後妻である母には、有力な後ろ盾はない。公爵家の力の元は領地から取れる価値の高い生産物だが、彼女自身の信用にはならない。

すぐに当主の交代を求められるだろう。

だが、次代のセリオンはまだ14歳だ。

いくら鬼才と名高くても未だ幼い。後見に着くのはだれか。


そう考えて、ふと背筋が寒くなる。


グランキエース家の派閥とはなんなのか。

父が生きているときは、議会と領地の利益関係で調整をしていたのは確かだった。だが、母がそれを正しく引き継いでいるとは思えない。

今、グランキエースを支える貴族家はどれくらいあるのだろう。


ファリティナは瞠目した。


調べなければいけない。


今までのうのうと生きてきた。

父が亡くなっても母という庇護があり、第二王子という婚約者がいる。自分の行く末は何もしなくても、安泰だと漠然と思っていた。


だが、自分身一人ではなく、ジェミニを守るにはどうすればいいか。


ジェミニと離れたくない。


卒業と共にギデオンとの成婚が決まっている。できれば一緒に王宮に連れて行きたいくらいだ。ジェミニが本来の血筋ならわがままを言ってそれくらいできたかもしれない。


だが。


ジェミニを生かすために。


このグランキエースの状況を正しく把握しなければいけない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 悪夢の結末では、ジェミニ君もきっと 回避しなくちゃな
[一言] せやね、地獄を見るのは不貞を為した者どもだけでいい
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