49 エルグラン領3
アマンダとの婚約進言は、考え直してくれ。
ギデオンはセリオンに泣きついた。
これ以上、話をややこしくしたくない。
ファリティナの味方であろうとしているのに、ガゼリの権益とともにアマンダを差し出されたら、味方でいることが難しくなる。
ギデオンは必死にセリオンに頼んだが、セリオンはにべもなく断った。
「ファリティナの味方でいたいなんて、虫のいいことだ。」
「分かってる。今更だって。だけど、味方でいたいんだ。これ以上、彼女を追い詰めないでくれ。」
「追い詰めてなんかいません。姉だって分かってるはずだ。あなたの婚約に口を挟める立場じゃないと。それにまるで、姉があなたに未練があるような言い方はやめてくれませんか。」
「分かってるよ!立場が逆だって。だけど、なんて言ったらいいんだ。」
「往生際の悪い。しつこい男は嫌われますよ。」
「お前にならとっくに嫌われてるだろ!」
「おや、気づいてたんですか。利用してくれと言ったのは、あなたですよ。いざ使おうとしたら、抵抗するなんて。口先だけだったんだ。」
「これだけは!これだけはやめてくれ。」
なんだこれ。
暗がりに消えた二人が帰ってこないので様子を見に来てみると、セリオンの袖を掴んで必死に何か説得している第二王子がいた。
エイデンに気づいたセリオンはぐいっと乱暴にギデオンを引き離すと、さっさとエイデンの方に向かってきた。
セリオンはなぜか勝ち誇ったような顔をして、ニヤニヤ笑っていた。
珍しい笑い顔にエイデンも、まじまじ 見てしまった。
次の日もギデオンはセリオンについて回った。
「しつこいな、あなたも。」
「セリオンが撤回するまで離れない。」
「この件は私の手を離れたんですよ。私が撤回するとかしないとか言ったところで、何も変わらない。」
「そんなはずないだろ!これを仕掛けたのはお前だ!」
ふん、とセリオンは鼻で笑った。
「そうですが、言ったでしょう。私の手を離れた。ガゼリ生産地は今やエルグランのものだ。それをどういう風に王家と交渉するかは、グランキエース伯爵の権限です。」
ギデオンは言いにくそうに、言った。
「ガゼリは…亡き公爵が長い間、研究したものだと聞いた。それをそんな、簡単に。」
「ガゼリはほぼ完璧に近い。これ以上研究の余地はない。だったら次の薬か産業を研究した方がいい。研究者はすでに次の研究を始めているのでね。」
一見、金の卵に見えるが、既に研究し尽くした分野は、それ以上の発展は望めない。
研究された知識は蓄えられている。
生糸染色という新しい分野を切り開き、ゼノ山脈からの富もある。
セリオンの冷徹さにギデオンは返す言葉もない。
「…そもそも、ガゼリは姉と縁が深い薬だった。」
ファリティナを身ごもった前妻が、罹った風土病を治そうと使った薬。その時から一般的な使い方ではあったが、まさかそれが、命を脅かすとは父の公爵も思っていなかったようだ。
一命は取り留め、出産まで漕ぎ着けたのはいいが、出産後、二月で亡くなってしまった。
無理な出産が、元からあった心臓の病を早めたのだと聞いている。
この話は、先先代の公爵から聞いた。セリオンの父方の祖父になる。
グランキエース公爵領で夏を過ごしていたあの頃、公爵領を統べていたのは祖父だった。
ファリティナとセリオンを前に座らせ、ファリティナに母親のことを話してやらねばならない、と言って聞かされた。
ファリティナはじっと耳を傾けて、黙っていたままだった。
長じて社交場に出るようになり、後妻である母親が、社交界ではあまり受け入れられていないことに気づいた。
美貌で公爵夫人を掠め取った女。
その美貌を元に、グランキエース公爵の寵愛を受ける長男。
本来の血筋の長女を蔑ろにして、軍閥であるコンスル公爵派と疎遠の種を撒いた曰く付きの嫡男。
デビュタントを済ませる前、子ども同士の社交場で、セリオンはあからさまに侮られた。
才能が開花され、評判が上がるとともにセリオンの耳に入らなくなったが、ファリティナはきっと常にこの好奇の目に晒されていただろう。
セリオンも子どもだった。
悪意にさらされるなら、自分でなんとかしてほしかった。
実際、ファリティナはそうしていた。
同情と嘲りが混じる目線に晒されていても、臆することなく顔を上げ、公爵令嬢に相応しい振る舞いをしていた。
だから気づかなかった。
諦めとともに自分の身の上を受け止めていることを。