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41 大人になりました

ローゼマリーの婚姻の儀の翌日、ギデオンはファリティナの元を訪れた。


ファリティナはいつものように礼をして迎えた。


「この前は、大きな声を出してすまなかった。」


「あの日、謝りたかったんだ。あなたに不誠実だった。婚約者として、話さなければいけないことはたくさんあったのに、何も説明せず誤解をさせたままで嫌な思いをさせてしまった。」


「アマンダ=リージョン嬢には、恋情などなかった。何となく流されるままに常に一緒に行動しているようになって。」


「それが周りを誤解させていたと、気づいていながら何もしなかった。あなたにも。説明すべきだったんだ。そして改めるべきだった。わたしにはあなたがいると。あなたを貶めることは、即ち私を貶めること。私とあなたは、共に将来を作っていく相手だった。」


ギデオンは深く頭を下げた。


「本当に済まない。こんなことになって、あなたを責めるばかりで何もせずにいた。ここに来て漸く、自分がいかに怠惰だったのかわかった。もうあなたとの縁が切れてしまって、助けることもできないというのに。」


謝ることしかできない。

情けなく、悔しい。


「謝らないでくださいませ。」

ファリティナが柔らかく言った。


顔を上げると、ファリティナの穏やかな目と目が合った。


ギデオンの心も穏やかになる。


「なんだか、大人になられましたねぇ。」

ほお、と感心したようにファリティナが言った。

緊張感の抜けた言い方に、ギデオンは思わず笑ってしまう。


「同い年なんだけどね。」

「ええ、まあ、そうなのですけど。どうぞお掛けくださいませ。」


ふふふ、とファリティナは笑って椅子を勧めた。


穏やかな性格なのだな、と改めて思う。

苛烈で嫉妬深いと噂されているファリティナだが、声を荒らげて取り乱しているところなど見たことがない。

公式の行事の時に見る、凛とした公爵令嬢の表情ではなく、ここにいるファリティナはいつも穏やかでふわふわと笑っている。


「お互い様だと思うのです。」

侍従がお茶を支度し終えて、ファリティナは穏やかに話し始めた。

「殿下が何もおっしゃらなかったように、私も何も言いませんでした。だから、お互い様です。きっと、私たちはもっと歩み寄るべきだったのでしょう。」


その責めない言い方に、ギデオンは泣きそうになった。


「あなたは、もっと責めても良かったんだ。婚約者がいるのに常に侍らすなどはしたないと。どういうつもりだと。」


「まあ。」


ファリティナは、ほほほ、と笑った。


「噂通りの悪女をお望みでしたか?」


「ち、違う!そうじゃない!それくらい言わなければ、私は分からなかった。」


「楽しんでも、良かったと思うのです。」


ファリティナは小さく首を傾げた。そしてのんびりした口調で言った。


「どうせ決められた相手です。学院を卒業してからの方が人生は長い。あのきらきらした学院にいる時くらい、人並みの青春を謳歌しても良かったと思うのです。」


ギデオンはそうしていた。

身分を忘れ、責務を忘れ、若さという楽しさを満喫していた。

そのことをファリティナは恨んだりしない。


「だから、責めなかったのかい?」

ファリティナが小さく微笑む。

「わたくしはわたくしで、好きなようにしておりましたから。」


お互い様だ。

お互い、関わらず、自分のことに夢中だった。

だけど、婚約して学院に共に入学した頃までは、ファリティナはたしかにギデオンに好意を向けていたのだ。


ギデオンは学院の自由闊達な雰囲気を謳歌して楽しんでいる傍で、ファリティナは学院で姿を見せなくなった。


ギデオンの周りには執行部員が取り巻き、いつのまにかアマンダが隣にいるようになり、ファリティナは眉を顰めるような噂が飛び交うようになった。


「弟さんは、とても重篤だったんだね。」


「・・・あの子を、守ってあげられるのは自分だけだと思ってました。傲慢にも。」


「傲慢?」


「守ってなんて、あげられなかった。」


ファリティナが悲しそうに言った。


「結局、私の自己満足でしかなかった。自分勝手に愛して、喜んでいただけだったんです。」


最初から、見捨てておけば良かったのかもしれないと思う時がある。

こんな風に、前触れもなくいなくなるなんて、残酷なことをするぐらいなら。

思わせぶりなふりだけをして、見捨てられるくらいなら。


初めから温かさを知らなければ、捨てられる惨めさも知らないで済む。


何が生かしたいだ。

何が守ってあげるだ。


最後まで、責任も取れないなら、手を差し伸べるべきじゃなかったのだ。

結局、自分は、ジェミニに不幸せを与えただけになってしまう。


死を望まれているこの環境で、自分が生きて出られることはないかもしれない。


そうなると、手をついて謝ることもできない。


「あなたは、誰と戦っているの?」

ギデオンが聞いた。


知りたいと思う。

既に婚約関係がなくなってしまった今になって、今更と自分でも思う。

だけど、こんなふうに悲しそうに俯く彼女を、このまましておけない。


ファリティナは、さあ、と小さく微笑んだ。


「わかりません。」


本当に知らない。誰がこれを仕掛けているのか。この行き着く先はどこなのか。


「セリオンは、何度も面会の申請をしているのに、一向に許可されることがない。あなたを拘留した告発状に対しても、反証を出しているのに審査された形跡がない。」


改めて考えると、おかしいと思う。

この国は王政だが、法治を目指している。

罪の決め方に関しても、手続きが決められているはずだ。それを飛ばしている。


「どうしてなんだろう。あなたは、何か気づいているの?」


ファリティナは微笑みながら首を振った。

諦めているようなその顔に、ギデオンは言った。


「ファリティナ、なんでもいいんだ。味方になりたいんだ。教えてほしい。気づいていることならなんでも。」


ファリティナのことは、普通の令嬢だと思っていた。

籠の中の鳥のように世話され、美しさだけに興味を持つような、言ってしまえば、どこにでもいる退屈な令嬢の一人だと思っていた。


それが完全に侮りだったことに、ギデオンは気づいている。

セリオンの指導もあったかもしれないが、ファリティナは自分の危うさを自覚しているし、用心深い。

窮地でも取り乱さない胆力がある女性だ。


彼女の黙秘は、無知で怖がってのことではなく、発言を利用されることを忌避している。

守るために。


「…レミルトンは。」


ファリティナはため息を吐くように言った。


「亡くなった母の実家でした。刑務を担当するコンスル公爵家の派閥で、今は亡くなった母の弟様が継いでおられます。」


ギデオンは頷いた。


「グランキエースと、レミルトンは絶縁しています。実母が亡くなり、日をおかず今の母を迎えたことで、先代のレミルトン伯爵はたいそうお怒りになりました。」


「…それで、君を追い込んでるというのか?実の孫なのに。」


「さあ。わかりません。」


ファリティナは相変わらずのんびりと言った。


「…恨まれているのだろうな、というのはわかるのです。」


「なぜ?何か言われたのか?」


ファリティナは頭を振った。


「言葉を交わしたこともありません。式典に居合わせても、目も合わせたこともありません。」


冷たい、とギデオンは思った。


「では、なぜ?」


「母は、心臓の持病があったそうです。身ごもっている時に風土病に罹り、奇跡的にガゼリで治りましたが、その後、ガゼリの成分は心臓や肺の疾患には禁忌だということが分かりました。」


その後、先代のグランキエース公爵は私財を投げ打って研究を進め、安全性を高めて、今では国で広く使われるまでになった。


「ですが弱ってしまったのでしょう。私を生んでまもなく、力尽きました。」


「そこまでして子を成したというのに、父は無情にも後妻をすぐに迎えた。その時には既にセリオンを身ごもっていました。時期的に、母の生前から関係があったと疑われてもおかしくない。」


「ですからレミルトンは怒ったのです。薄情なグランキエースを。私を身籠もらなければ、母は今でも生きていたかもしれません。せめて命さえあれば、グランキエースと離縁して、今では違う幸せの形を掴んだかもしれません。」


哀れな母。

命を賭けても、報われることはなかった。

未来が分かっていたなら、子どもを作ることなどなかっただろう。

自分だって分かっていたら、初めから諦めていたのに。ジェミニを愛することも。誰かの愛を期待することも。


「ごめん。辛いことを話させて。」


ギデオンが謝ると、ファリティナは微笑んで首を振った。


「ご存知なかったのですから、仕方ありません。」


穏やかな声に、余計胸が締め付けられた。


知らなかった。

ファリティナがそんな境遇でいたことを。両親がいて、兄弟がいて、それなりに幸せだと思っていた。


自分の無関心さを露呈して、恥ずかしくなった。


「本当のところは、わからないですけどね?」


ファリティナはふわふわ笑いながら、唇に手を当てて首を傾げた。

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― 新着の感想 ―
ああ、本当に。この王子はなんでも知りたい、真実が知りたいとせがんでは「知らなかった」と、知ってしまった事に傷ついたふりをするんだな。 ちっとは自分で調べて考えて行動しろよ。とは思うものの、まだ15なん…
まだ信用してないぞ。 きっかけは前回あったけど反省している様子も考えを改める描写もまだないし。 あのファリティナが言質を取られる覚悟で供述するからにはある程度認めたんだろうとは想像するけども。
[一言] この全てが手遅れになってから気付き始めるのがねぇ
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