39 婚約解消
サマーパーティの片付けが終わり、夜遅くに帰ってきたギデオンは、両親に呼ばれた。
サマーパーティ成功の寿ぎと、ファリティナとの婚約解消とを告げられた。
王室としてすでに下された決定に、抗うほどのものをギデオンは持っていなかった。
「すまない。」
ギデオンはただ頭を下げた。
「まあ、殿下。いけません。」
ファリティナが柔らかく言った。
ゆっくりと頭をあげると、いつものように静かな顔で少し困ったようなファリティナがいた。
「王国の至宝であるあなた様が、頭を下げてはいけません。誰よりも公平で正しい。王室の方はそうであるべきでしょう?」
ファリティナの声はどこまでも柔らかい。
「私の方こそ、大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。」
ファリティナが頭を下げた。
「私がその地位にいたせいで、あなた様にはご心痛をおかけいたしました。誠に申し訳ございません。」
ファリティナが謝っているのは、この事態を回避できなかったから。
ギデオンは口惜しく歯を食いしばった。
「何故だ?」
ファリティナを睨む。ファリティナはその目を受けいれた。
「何故、そのまま受け入れるんだ!?あなたは、私に好意を抱いていた。この婚約を喜んでいた。そうじゃないのか⁈何故、黙秘を続けるんだ?やってもいないことを押し付けられているのに!」
腹立たしかった。
無性に腹が立った。
ふわふわと笑うファリティナに。
そんな顔をしている場合じゃない。
泣いて、助けてほしいと縋ってくれればいいのに。
誤解なのだ、悪者に仕立て上げられたのだ、と嘆いてくれればいいのに。
「あなたが一言、やっていないと言えば。セリオンや私はそれを信じている。ここから釈放されて、冤罪を晴らすこともできる!どうして言わないんだ!」
珍しく激昂したギデオンに、ファリティナは驚いたようだった。
目を丸くして、ポカンとギデオンを見ていた。
やがてのんびりと口を開いた。
「グランキエースに、何ができるでしょう。」
こんなふうにして、この方は怒るのね。ファリティナはどこか冷静に思いながら言った。
「セリオンを信じてます。きっと、私をここから出すために何かしら動いてくれているのでしょう。ですがまだ15歳の少年に何ができるでしょう。」
そう。
この方もセリオンも、自分もまだ10代半ばの少年だ。
残酷なのだ。
まだ普通の半分も生きていないのに、沢山のことを押し付けて。
まるで生まれた時から、なにもかも分かってるような振る舞いを押し付けられて。
自分たちになにがわかると言うのだ。
まだ、本物の恋も、子を持つ喜びも知らない。
「私は姉です。彼より年長で本来なら彼を守り、導く立場でした。成人して、公爵を正式に継いでいるならまだしも、まだ15歳の彼に私の、グランキエースの全てを担わせるのは酷というもの。」
ファリティナは少し俯いた。
「殿下は、真実を話すように言われました。」
そんなもの、知らない方が幸せだ。
それなのに知りたがるこの方は、なんて子どもなのだ。
誰が、ジェミニの真実を知りたいものか。
誰が、グランキエースの没落を知りたいものか。
当事者はそんなもの知りたくない。出来れば幸せになる未来だけを信じていたかった。
「真実なんて、私は知りません。誰が、何を思ってこんなことになってるかなんて、わたしにはわかりません。」
ファリティナの声がわずかに震えた。
自分たちは水に流れる木っ端のように、頼りない。公爵など名前があっても空だらけの大きな枯木だ。
それでも、自分は願ったのだ。ジェミニに生きてほしいと。朽ちていく大木にしがみついてでも、せめて命だけは助けたいと。
「私は私の願いを通すためだけに動いていた。それだけです。」
いつのまにか、ファリティナの顔から笑顔が消えていた。
「あなたの願いは、なんだったんだ?」
仮面が剥がれかかっている。
ギデオンはそう感じて、ファリティナに聞いた。
あと少し。あと少しだけ近づけたら。
あなたがわかるかもしれないのに。
「生き延びること。」
ファリティナが何もない空に向かって言った。
「生きていれば、笑える日がある。他の誰が願わなくても私だけは、あの子達に生きていてほしい。」
祈るように。
捧げるように。
ファリティナの決意を込めた言葉が、寒々しい豪奢な部屋に響く。
寂しい。
ギデオンは悲しく思う。
あなたに何ができる?そんな小さな体で。こんな部屋に押し込められて。
一体何が、そんなにもあなたを追い詰める?
「そのために、黙って泥を被るっていうのか?あなたは自分が助かりたいと思わないのか⁈」
言ってくれ。ギデオンは思う。
婚約者だった。将来を誓い合った仲だった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
「不思議なことに。」
ファリティナの表情がふと緩んだ。
「他人を願えば美談になるのに、自分で願うと強欲に見えるのです。」
ファリティナは困ったように苦笑した。
ああ、また。ギデオンの中に悔しさが駆け巡る。
ファリティナはまた仮面の中に隠れてしまった。
行かないで。
そんな思いが湧き上がる。
自分から離れて行かないで。そんなに遠くに離れたら、あなたは消えてしまう。死を覚悟しているようなそんな顔で笑わないで。
「あなたを、生かしたいと思う人たちはどうする⁈そうやって諦めて、その人たちを悲しませるのか⁈」
ファリティナはふわふわと笑っていた。
勝手に一人で決めてしまっているファリティナに悔しさと怒りが沸き起こる。
どうして分かってくれない⁈
あなたに生きてほしいと願っている人間がここにいるのに!
「あなたが一言、助けてほしいと言えば。謂れのない罪だと叫べば、助けることができるかもしれないのに!」
ファリティナは首を傾げた。
「・・・木の空の中に叫ぶようなもの。」
「え?」
「立場がある私が叫ぶ前に、動き出す場所があって然るべきでしょう。そうならない、ということは、それを望まれているのでしょう。」
「・・・どういう・・?」
ギデオンのただならぬ大声を聞いて、衛兵が駆けつけた。
ギデオンの様子をみて、衛兵はギデオンを守るようにファリティナとの間に立った。
そのことが、現実を物語っていた。
この城で守られるべきもの。
それはファリティナではなく、ギデオン。
ギデオンが心の中で何を叫んでも、現れてくる状況だけが現実なのだ。