35 サマーパーティ2
ギデオンのため息をアマンダが拾った。
「本当に、ため息が出ちゃいますよね。」
アマンダは明るく言った。
「こんな素晴らしい時間があるなんて。生きていてよかったって思うんです。学院に入れたことも、執行部の皆さんに出会えたことも。今まで頑張ってきたのを、神さまが報いてくれたんだって。」
アマンダが歌うように言った。
「ずっとずっと、こんな時間が続けばいいのに。きっとこの場にいる人たちは、そう思ってると思います。」
「そう、思ってくれるといいね。忙しかったのも報われるよ。」
アマンダの無垢な言葉に、ギデオンは微笑んだ。
アマンダらしい。
アマンダの言葉は綺麗だ。
真っ直ぐで純粋で。彼女の言葉を聞くと、人の善意こそこの世で一番信用できるもののように感じる。
「絶対に思ってますって!そうじゃないと、おかしいです。こんなに私たちが頑張ったのに。それもこれも、ギデオン様のおかげなんですよ。」
「私の?わたしだけじゃない。」
「だって、ギデオン様がいらしたから王宮からいろんなものもお借りできて、飾り付けだって参考にさせてもらえて。この年にこの学院にいられた人たちは感謝しなくちゃいけないです。輝かしい年なんですから!」
よくある褒め言葉にギデオンは少し困った顔で微笑んだ。
「それはたまたまだよ。彼らだって選んでこの年で生まれたわけじゃない。ほかの年より幸運だったかもしれないけど、感謝するほどじゃないよ。」
「ギデオン様って本当に謙虚ですね。王族の方なのに。ううん、王族の方だからこそ、心根が素晴らしいのだわ。」
アマンダは感心したように言った。
「わたし、本当に尊敬してます。身分を鼻にかけないで、わたしみたいな男爵家にも平等に接してくれて。それでいて謙虚で。」
アマンダが熱がこもった瞳でギデオンを見上げた。
「ギデオン様に、相応しくなりたい。そう思ってます。こんな、こんな低い身分じゃ無理だけど。」
ギデオンは返す言葉が見つからず、言葉を探した。
「君は、十分やってくれているよ。」
「本当ですか?でも、やっぱり無理があるって、今夜みたいな日には思い知らされるんです。」
「どうして?」
「だって、全然違う。沢山の賓客があっても元から知り合いの人なんて全然いないし。伯爵家や、セリオン様のような公爵家の方々は元からお知り合いだったり、縁戚関係だったりするし。執行部で頑張ってるわけでもないのに、知り合いってだけでやっぱり一段下に見てくるっていうか。」
アマンダは弱々しく息をついた。
「それに、見た目だって。皆さん、今夜に向けてドレスも新調して、化粧も髪も気合を入れて飾ってるのに。私は去年と同じ。」
アマンダのドレスは昨年、執行部員がお金を出し合って贈ったドレスだ。
ギデオンの中に違和感が広がる。
「去年と同じドレスの子もいると思うよ。どんなに高位だって、社交のたびにドレスを新調したりしない。」
「そうかしら。ファリティナ様だったら、きっと豪華なドレスでいらしたんだと思うんです。公爵家だから。以前、王宮でお会いした時は、ゴブラン織の珍しい意匠のご衣裳でびっくりしました。このサマーパーティで見た時と全然違うって。」
ギデオンは内心眉を潜めた。
アマンダが言うサマーパーティのドレスとは、一昨年のことだろう。自分たちが、まだ執行部に入る前のことだ。
執行部に選ばれてから、ギデオンは将来側近となる執行部員のために、何度か王宮の夜会に誘った。
そこで一度、ファリティナとも同席した。
学院のサマーパーティと王宮の夜会でドレスが違って当然だ。
王宮の夜会では、彼女は正しく公爵令嬢だ。 第二王子、ひいては王家を支える王国の盾。この国一番の豊漁地と言われるグランキエースの権力を誇示しなければいけない。
況してや、アマンダを連れて行った夜会は外国の賓客も参加していた。
この国がいかに豊かか、それを誇示するために高位貴族はそれぞれの土地の特産品を持ち寄るのがある意味社交上の礼儀のようなもの。
鉱山を持つグランキエースなら、精緻な技術を持つ宝飾品だ。
それに相応しいドレスとなると、重厚感と気品のある豪華な召し物となる。
彼女は彼女の立場があって、それに相応しい格好をしたまでだ。
その格好のままで、学院のサマーパーティには参加できない。
学院のパーティはもっと軽く、威圧感を感じさせないものを選んだはずだ。
それでも、平民に近いアマンダにとっては驚くほど豪華なものだろう。
しかもそんなドレスを何枚も持っている。
ファリティナの生活を知る由も無いアマンダから見れば、欲しいままに新調しているように見えるのだろう。
「ずるいなって思うんです。身分があれば、生まれた時から人脈にも恵まれて、綺麗な格好も簡単に手に入る。それで高位同士の方って、愛がなくても結婚して人脈を広げるんですね。」
その通りだ。
そうやって、血筋と財産を守ってきた。
一言で言うとそうなるが、それまでには、何かを守ろうともがいて、思いがけず手に入れてしまったものもある。
身分なんて、その一つだ。
王族であるギデオンは、この身分が窮屈だった。
だけど、窮屈だというだけで、捨てられるものじゃない。
兄はもっと窮屈で重責の王太子を引き受け、二人の姉はそれぞれ、国のためになる伴侶を充てがわれ嫁いでいく。
そこに相手に対する愛はない。
だけど、この国を担っている両親と、その両親が守ろうとしているこの国に対しての愛はあるのだ。
両親のことを尊敬し、愛してるから、彼らの助けになりたい。彼らと同じ責任を担って、想いを繋いでいきたいと思う。
それをそんな、政略、という軽い字義通りの言葉で片付けないでほしい。
「ギデオン様は、そんな風にならないでほしいんです。目先の利益のことだけ考えて、愛のない生活をするなんて。そんなの、不幸だから。」
ギデオンの背中が粟立った。
ちょうど曲が終わり、二人の手が離れた。
顔を上げ、ギデオンはアマンダを見た。
アマンダは頬を紅潮させ、にっこりと微笑んだ。
「アマンダ、君は何か勘違いしている。」
ギデオンは自分の声がいつもより硬質なことに気づいた。
「生まれた時から与えられた身分だけど、それを背負うのは不幸じゃない。私たちは、多くの責任を背負って生まれた。それにふさわしくなるように、この学院で学んでいるんだ。自分も、背負った責任も、不幸にならないように。」
アマンダはポカン、とギデオンを見た。
「そ、そんなの、分かってます。でも!」
「政略の婚姻が重要視するのは、信頼だ。信頼で結ばれる相手に、愛は生まれないのか?お互い、背負ったものを持つもの同士、支え合うことは愛じゃないのか?私の両親を見る限りそうじゃないと思う。私は、彼の方たちを尊敬しているんだ。」
ギデオンはアマンダに優しく微笑んだ。
「ここで話すような話題じゃないね。今日は楽しむ日だ。楽しんで。アマンダ。」
ギデオンはアマンダの手を取ると、ダンスの輪から連れ出した。




