31 あなたの幸せを祈っている
「姉に、お届けいただきありがとうございました。」
口火を切ったのはセリオンの方だった。
「いや。喜んでいたよ。あの砂の飾りも、弟さんからの手紙も。」
「それは、良かったです。どうでしょう、姉は?」
「体調はだいぶ良さそうだ。以前より顔色は良くなっていた。だが、未だに黙秘はしている。私も尋ねたが答えてはくれなかった。」
ギデオンは小さくため息をついた。
「アマンダとのことは、やはり誤解をしていた。謝ったが、受け入れてくれたかどうかまでわからない。その、私がアマンダを欲しがるあまり婚約の破棄を狙い、ファリティナの悪評の責任としてグランキエース公爵家からガゼリの権益を奪い取るつもりだと思われていた。」
さすが姉様だ。セリオンは笑いを堪えた。
情報の全く遮断された幽閉場所において、そこまで読めるとは。
本当に我が姉ながら惚れ惚れする。
ファリティナの黙秘の理由はそれだろう。
敵に塩を送ることが無いように。
ファリティナから読み取れる一切の弱点を遮断する。
そうすることで、自分を動きやすくしてくれているのだろう。
ファリティナから、助けて、とは言わない。
セリオンがファリティナを救出する動きは、あくまでセリオンがファリティナの無実を確信しているからだ。
そうすることで、いざ、自領の不正や、公爵家の醜聞が表に出た時、ファリティナを贄にする札となるようにしているのだろう。
絶対に、そんなことはさせない。
セリオンは固く思う。
ジュリアンとセアラの双子の弟妹は、先日、サイリウムに出した。
皇国での受け入れはまだ準備が整っていないが、しばらくジェミニとともにモドリ城に滞在し、準備が出来次第、港から皇国に出す予定だ。
サイリウムにはセリオンが送って行った。2日の行程を、1日半で終える強行軍となったが、モドリ城でサイリウム卿とジェミニと面会し、帰りは約1日の早馬で戻ってきた。
弟妹たちは戻ってこないファリティナを心配して、すっかり元気が無くなった。
ジュリアンとセアラはいつ見ても二人寄り添い、お互いに縋っているようだった。
皇国へ留学させる話もファリティナの意思だというと何も聞かずに受け入れてくれた。
王都の公爵家には今、セリオンと母親しかいない。
毎日顔を合わせているわけでもなかったのに、兄弟たちのいない屋敷は本当に空虚で、その寒々しさにセリオンでも人恋しくなる。
求めるのは、姉だけだ。
ファリティナ、貴方さえいれば。
不可解な理由で拘束され、戻ってこない姉を心配しながら、それでも口に出さない双子の不安そうな顔を見るたびに、弱々しくなったジェミニの顔を見るたびに、セリオンは口惜しく思った。
自分ではダメなのだ。
ファリティナのような、包むような愛情は示してあげられない。
あの子達が安心できるのは、あなたの傍だけなのに。
それに自分も。
萎縮させがちな自分の覇気を物ともしない、力が抜けるようなファリティナとの会話が好きだった。
姉弟だからこそ、同じ家という宿命を背負ったもの同士だからこそ、分かち合える絆があった。
それに気づくにはあまりにも遅かったけど、気づいたからには失いたくない。
このまま彼女を失ったら、この先、生きていても砂を噛むような虚しいものだろう。
失いたくない。
他の誰を不幸にしようとも。
貴族という名誉と贅沢を失っても。
ファリティナと、ファリティナが守りたかったものは失えない。
「君に、伝言を預かった。」
セリオンはギデオンを見た。
「生きて、と。その一言だった。」
セリオンの背中に駆け上ってくるものを感じた。
迸る感情。
鬼才と呼ばれ、全ての物事を戦略的に考えるセリオンが忘れがちな、自分自身を根底から揺るがすような情動。
助けて、ではなく、弟妹たちを心配する言葉でもない。
一言、セリオンに向けて言祝ぐ言葉。
セリオンは固く手を握った。
姉様、あなたに会いたい。
あなたが、わたしの幸せを祈るように、私も弟妹たちもあなたの幸せを祈っている。
諦めないで。
あなたこそ、私たちの希望なんだ。