30 アマンダとセリオン
セリオンが学院の執行部室に訪れたのは、10日ぶりだった。
ここのところ、セリオンは私事が忙しく、学院にも2、3日おきに登校して慌ただしく施策の調整をして帰っていく。
執行部には顔を見せる暇もなく、今回はギデオンが学院に登校した際に、顔を見せるようにとの指示で来室した。
放課後、との指示に合わせて来室すると、顔なじみの執行部数人と、アマンダ=リージョン、奥の執務机に第二王子ギデオンがいた。
「セリオン様!」
アマンダが、ピョン、と椅子から立ち上がった。
「ご協力できなくて申し訳ない。本日はギデオン様の要請により参りました。」
「あの!私もお話がしたくて!」
「ええ。ご面会の申し込みにお答え出来ずすみません。リージョン嬢。立て込んでおりまして。本日はギデオン様にお会いしにきました。」
セリオンの物腰は柔らかいが、きっぱりと断った。
「あの、私ともお話してもらえませんか。お忙しいことはわかってるんですけど、なかなかお会い出来ないから…。」
アマンダはセリオンにジリジリと近づいて、懇願した。
セリオンはギデオンを見た。
「どういうことですか?今日のこの時間は、ギデオン殿下との面会だと思っておりましたが、リージョン嬢との機会を設けられたのでしょうか?」
セリオンが言うと、ギデオンは慌てた腰を上げた。
「違う。悪いが、アマンダ、遠慮してくれ。セリオンは私が用事があって呼び出したんだ。」
「でも、私だってお話したいことがあるんです!面会のお申込みをしても、身分が低いからって断られて!同じ執行部の仲間なのに酷いです!」
「だが、セリオンは忙しい。わざわざ時間を空けてくれたんだ。それは私が王子で、姉君の婚約者だからだ。」
ギデオンはファリティナからの伝言を伝えたい、とセリオンを呼び出していた。そうでなければ執行部に立ち寄ることはなかっただろう。
「私も、私もファリティナ様に関することです!大事な話なんです!」
アマンダの声に涙が混じった。
「殿下、セリオン。」
割って入ってきたのは、王子より学年が上の執行部員だった。
「少しだけアマンダに時間をいただけないですか。こんなに必死になってるんだ。話を聞くだけでも。」
彼は確か、コンスル公爵家派閥のものだった、とセリオンは心の中にメモをする。以前もこうやって、アマンダを庇ったことがあった。
「わかりました。」
セリオンが言った。
「いいのか?」
「ええ、彼女とも話さなければならない、と思っていました。あまり時間はありませんが、少しだけなら。」
驚いたギデオンに、セリオンが柔らかく微笑んだ。
「あ、あの、じゃぁ、別室で。」
アマンダは別室での面会を希望した。
「それほどの時間はありません。それほど込み入った話ならば、別日を設けさせていただく。私が落ち着いてからになりますが。」
セリオンは譲歩しなかった。
「アマンダ、これ以上無理を言わないでくれ。」
ギデオンが言うと、アマンダは怯えたように、ぎゅ、とスカートを握りしめた。
「侮辱罪で、私たちを訴えたと聞きました。あの、本当なんです、お姉様のことを聞くのはお辛いでしょうけど、私が虐められたのは本当で。もしかすると、ファリティナ様は虐めたなんて思ってらっしゃらないかもしれませんけど。私なんて、平民と同じような身分が低い者だから。でも…。」
アマンダは勇気を振り絞るようにして、切々と訴えた。
セリオンが遮る。
「私はあなた方を訴えたりしていませんよ。」
「ええ⁈」
部屋にいる全員が声を上げた。
「訴状を確認しましたか?私は、姉を告発したものを訴えたんです。残念ながら、姉の告発状には告発者の名前はありませんでした。匿名でしたからね。ですから、私もその告発者を訴えたんです。」
優しく説くように、セリオンは言った。
アマンダはポカンとした顔をした。
「で、でも。私が虐められたのは疑ってるんですよね。」
「ええ。」
セリオンは肯定しただけだった。
セリオンの言葉を待っていたが、何も言わないので、アマンダが口を開いた。
「どうしてですか?私のことを信じてくれないんですか?」
「正直言って信じていません。」
優しい言い方とは裏腹に、セリオンは言った。
「どうしてですか?私、酷い目にあって、怖かったんです…。本当です…。」
アマンダはボロボロと泣き始めた。
セリオンは優しげな微笑は変わらず、アマンダを観察している。
「そのお話は、ここですべきではないですね。」
少しの沈黙の後、セリオンが言った。
「でも、セリオン様はあってくださらないじゃないですか!いつも忙しいって!」
「それは申し訳ないと思います。私にも優先順位がありまして。」
言い募るアマンダを宥めるように、セリオンは眉尻を下げた。その顔は本当に申し訳なさそうに見える。
いつもの冷涼な美貌が、甘く変化して、一瞬、見とれた。
「私の訴状に反論されたいなら、告発状を受け取った刑務省に出されたらいいと思います。姉に対する告発状も、法務省に提出した私の訴状も公開のものとしておかれていますので。それとは別に、貴方とはきちんとお話したいとは思っているんです。これは、本当ですよ。」
セリオンは唇に、指を当てて首を傾げてみせる。
媚びを含んだその仕草に、アマンダの涙が止まった。
「ですので、もうしばらくお待ちください。公爵家から正式に招待状を出しますので。今日はこの辺りでよろしいですか?リージョン嬢。」
アマンダは不満そうに目で訴えるようにしていたが、コクリと頷いた。
セリオンがギデオンの方を向き直った。
「お待たせいたしました、殿下。お話は何でしょう?」
優雅な、それでいて不敵な眼光はさきほどとは一変している。ギデオンは腹に力を入れた。
「ここでは話しにくい。時間は取らせない。別室に行こう。」
「それでは、先に私からご報告を。家の事情を落ち着いて取り組むために休学の願いを提出しました。先日来より、執行部員にもかかわらず、ご協力できませんでしたが、このような事情により、正式に退部を申し入れます。」
一同が息を飲んだ。
セリオンが入学してからの貴族学院の功績は大きい。わずか1年だがそれまでの施策研究の位置を大きく変えた。
研究と名がつくままごとではなく、将来の試金石となる施策をいくつも生み出している。
彼と組んで施策を行なっているチームだけでなく、助言をもらっているチームも多い。
セリオンの不在は、学院にとっても痛手だ。
「そ、それは、決定なのか?」
「こちらからの提出は本日いたしました。受理されるかどうかは後日返答いただけるそうです。ただ、今後、今までのように学院中心の生活はできません。少なくとも、姉が帰ってくるまでは。」
なんとも言えない沈黙を後にして、セリオンとギデオンは部屋を移動した。