2 家族と言う名の配役
ファリティナはふと、自分に末の弟がいることに気づいた。
あの悪夢はいつまでも付きまとい、ファリティナはここ何日も家族と公爵家について考えていた。
家族と言っても、父の生前から決して仲が良いとは言えない。むしろ普通の家族の定義から外れると、ファリティナはぼんやりとは気づいていた。
父と母はお互いを尊重しあっていただろう。だが、兄弟間でそれほど親密さはなかった。家族が一堂に揃うのは年に数回ある王国の行事の時のみ。
その際もそれぞれの役割を果たすべくしての動きしかしていない。
家族、という名の配役。
そのことに誰も不満はない。とファリティナは思う。
誰よりも恵まれた生活をしているとの自覚はそれぞれにあるようだったからだ。
特にファリティナは婚約者の第二王子の後ろ盾になるべく、着飾り、気高い言動を求められ、それに応えるようにしていた。
他の弟妹たちも街で見る平民たちとは一線を画した装いと生活をしている。
国の一端を担う公爵家にとっては当然のこと。
と考えて、ふとファリティナは思い当たったのだ。
2年ほど前、新しい弟が生まれたはずだと。
まだ小さいから、幼いからと、これまで一切の行事に出ることなく、ファリティナは生まれた時にしか見たことがない。
あの子は、名をなんといっただろう。
そんなことを思いつくと、何故だか居ても立っても居られなくなって、ファリティナは近侍に弟のことを尋ねた。
末の弟はジェミニといい、体が弱く常に伏せっていると聞いて、ファリティナは哀れみを感じた。
知らなかった。
そんな弱い存在がこの家にいることを。
ファリティナはジェミニの見舞いに行くことにした。
もうすぐ3歳になるというジェミニは本当にか弱かった。その小さく、細い手にファリティナは衝撃を受けた。
ジェミニは人なつこい性格らしく、初めて会ったはずのファリティナに懐いた。侍女たちが恐縮するのも構わず、ファリティナに構い、一緒に遊ぼうと誘ってきた。
ファリティナはジェミニを哀れに思い、その日の午後は時間が許す限り付き合った。
小さな子どもは何を言っているのかわからない。
わからないのに、ファリティナと一緒にいるために必死に何かを伝えようとしている。
可愛い。
そのあどけない仕草も、すがって来る様子も、脆くか弱い存在そのものが、ファリティナの庇護欲を掻き立てた。
ファリティナはその日からジェミニの部屋に通うようになった。
ジェミニはファリティナが来ることをとても喜んだ。
はしゃいで熱を出してしまうほどに喜んだ。
熱を出すとファリティナは夜も付き添い、熱が下がるように、ジェミニの苦しみが除かれるように真剣に祈った。
ファリティナが構えば構うほど、ジェミニはファリティナを信頼し、慕ってくれるようになる。
ファリティナはジェミニに耽溺した。
これほどまでに自分の存在を求めてくれるものは今までなかった。
そう思うとファリティナは涙が出た。
ああ、きっと。
ファリティナは思った。
自分が求めていたのはこれだけだった。
ただ愛されたかった。
そしてジェミニの境遇を哀れに思った。
公爵家に生まれたばかりに、本来は受け取れるはずの親兄弟の親愛をもらえなかった哀れな子ども。
それはファリティナもファリティナ以外の弟妹も同じだったけれど、それがこんなに哀れで悲しいことだとは気づいていなかった。
せめてジェミニだけは。
自分が愛を注ごう。
ジェミニは長く生きられないかもしれない。短い生であっても、愛されたと思ってほしい。望まれてここに生きたと思ってほしい。
この子を生かすために。
ファリティナの生きる目標はジェミニを生かすことに変わった。