17 幸福の残像
ああ、幸せだ。
ファリティナは手をつないで歩く弟妹たちを見て、心が震えるほどの多幸感を噛み締めていた。
王都からの旅程を長めに取り、やっとモドリ港に着いた。
ジェミニの体にはやはり長旅は堪えたようで、馬車の中で眠っている時間が長かった。それでも起きている時は、兄妹たちとゲームをして過ごした。その時間はジェミニだけでなく、双子の兄妹にとっても嬉しく楽しい時間だったようで、ジェミニが起きている時は常に構いたがった。
意外にも氷の貴公子、セリオンは弟妹たちの面倒見がよく、ジェミニが遊び疲れて眠っている間、ジュリアンとセアラは御者台に乗ったり、側走している護衛の馬に乗ったりしていたが、積極的に世話を焼いていた。
セリオンも寂しかったのかしら。
全く当てにしていなかったセリオンが意外と頼れることに気づいてファリティナは思った。
あなただけでは頼りないに決まってるじゃないですか。
羽虫を見るような目でファリティナを眺めて、セリオンは言った。
まさか、弟妹が心配だから着いていくといい出すなんてあなたに限ってはあり得ないと思っていたわ、と言うと、美しい眉を顰めて心底嫌そうに言った。
「あの子たちは一応、名のある貴族の子息なのですよ。本来ならまとまって動くなんて危険極まりない。事故などあって全滅したらグランキエースは終わりです。破落戸に襲われて怪我でもしたら醜聞としていつまでも残る。浅慮なあなたのことだ、お忍びが楽しいからとかなんとか言って、案の定、あんな軽微な警護で向かおうとしていたではないですか。はっきり言います、あなただけでは信用できないんです」
「本当にはっきり言うわね。」
ほお、片頬に手を添えて、ため息をついた。
「これくらい言わないと自覚しないんでしょう。あなたは。」
「そんなことないわ。軽微だという自覚はあったのよ。だけど仰々しいのは好きじゃないの。」
「あなた、話を聞いてましたか?いえ、理解できてないんですね。」
「理解してるじゃない。」
「もういいです、言葉を尽くすだけムダだ。そんなだから、私も行くしかないんですよ。」
それこそ、この国に残るグランキエースの子どもたち全員の移動だ。事故でもあって全滅したら、皇国に出したコリンしか残らない。
その理屈でいうならセリオンは来なくていいのじゃないかしら。
内心、思ったが口には出さないでおいた。
正直、セリオンが来れば小言だらけの窮屈な旅になると、ウンザリしたのだが、思った以上に楽しい旅になった。
セリオンの小言はファリティナ限定のようで、弟妹たちには無表情ながらそれなりに気を配ってくれる。特に体力のある双子は、馬車の中に閉じ込められていると退屈してくるので、セリオンが積極的に馬に乗せてくれるのが助かる。
弟妹たちは、愛想のないセリオンを苦手とする雰囲気を隠せないでいるが、それでも信頼に足る人物だと分かっているらしい。
ジェミニもぎこちないながらも、セリオンの腕におとなしく抱かれている。
モドリ港に着くとすぐに、弟妹たちは海に出たがった。
足取りのおぼつかない様子で歩くジェミニをセリオンが抱き上げた。ジェミニの手は拾った貝殻を握りしめていた。
後ろからついてくるファリティナを見つけると、セリオンの背中越しにニコニコと手を振っている。
セリオンがジェミニの様子に気づいて振り向くと、ファリティナを見て眉を顰めた。
「日傘も差さないで出る気ですか。」
「あら、忘れてたわ。」
「それでも淑女のつもりですか。誰か。」
セリオンは控えていた侍従たちに取りに帰るように指示した。
セリオンがジェミニを抱えたままファリティナに寄り添った。
セリオンはまた背が伸びたようだ。体つきも少し前まではファリティナと同じくらいで、華奢な感じがあったのに、横に立つと圧迫感を感じる。
ジェミニがねえさま、ねえさまとファリティナに手を伸ばして、セリオンから移ろうとした。
ファリティナも手を広げて受け取る。
「ジェミニ、姉様は日傘を差さなくては。それに、姉様には重い。」
「大丈夫よ。傘が来るまで。」
そう言って受け取って、ジェミニの小さく柔らかな体を抱きしめた。
「全く、甘いのだから。」
呆れ気味にセリオンは言った。
ここに来るまでに、何回も聞いた小言だ。
ジェミニからくっついて離れず、甲斐甲斐しく世話をするファリティナにセリオンは何度も、甘やかしすぎだ、と注意した。
パン一つ食べさせるのにも、わざわざミルクに浸し、柔らかくしたものを手ずから食べさせる様子に最初は驚いていた。
3歳になるのだから、自分で食べなさい、とジェミニにも注意してきたが、ファリティナが庇う。
ファリティナはジェミニだけでなく、双子にも甘かった。同じベッドでの同衾を許し、望むがままに本を読み聞かせた。
「あなたの子どもは甘ったれで育ちそうだ。王族になるのだから、キチンとした教育係をつけなくては。」
「そうねぇ、厳しさはその人に担当してもらうことにするわ。私は向いてなさそうだもの。」
「嫌味を言ってるのですよ。親の背中を見て育つといいます。ちゃんと国を背負って立つ気概があるのですか。」
「あるわけないじゃない。私はまだ王族じゃないもの。」
「王子の婚約者なんですよ。あと数年で王族になるのは決定してます。それともなんですか、王子妃を辞退するつもりなんですか?」
「そんなこと言ってないわ。嫁いでからでも遅くないと思うの。」
はあ、とセリオンがため息をついた。
「こんな怠惰なのが我が姉だと思うと情け無い。」
「ごめんなさいね、でも、この時間を楽しみたいの。」
セリオンの渋面と、どこ吹く風のファリティナ。いつもの光景だった。