14 訪問者
モドリ港からのお土産をジェミニはたいそう喜んでくれた。
セリオンが目を光らせていたので、大したものは買えなかった。
海岸に落ちている星型の貝殻、ピンクの大きな二枚貝など海ならではのものをファリティナ自ら拾った。
大きめのピンク色の二枚貝は、二枚の殻の柄が一致する。
サイリウムでは絵合わせをするように貝殻を合わせて遊ぶのだ、と貝拾いに付き合ってくれたモドリ港の侍女が言うので、たくさん拾って貝合わせを楽しんでいる。
海の生臭さが残る貝の匂いも、ジェミニにはとても刺激になった。
寒さが和らぐ頃に一緒に行きましょう。
ファリティナの提案にジェミニは喜んだ。
ファリティナの婚約者の王子が招待状を持ってグランキエースの屋敷を訪れた。
学院でもなかなか姿を見ない婚約者を自分の誕生祝いの宴に招待するため、自ら訪れた。
学院からの帰りセリオンは呼び止められ、王子と共に屋敷に向かうことになった。
「ファリティナは何をやっているのかな?学院で姿を見ないのだけど」
「最近は多少まじめに登校しておりますよ。今までの不真面目がたたって、余儀なくされたのでね」
進級のための試験が始まっている。そろそろ一年の履修期間が終了するのだ。
「良くない遊びもほどほどにしてほしいね。今日はそれも釘を刺そうと思うんだ。婚約者の私の立場も考えてほしいものだよ。」
優しいギデオンが困り気味に息をついた。
「良くない遊びとは?」
この王子はあの悪評を真に受けているらしい。
セリオンはわざととぼけて聞いた。
「セリオン、とぼけないでくれ。同じ屋敷に住む君なら知らないはずもないだろう。夜な夜な遊び歩いているから昼間の学院に来れないんだろう」
夜な夜な、ねえ。
セリオンは嫌みたらしく言い直した。
「違うと言うのか」
「違いますよ。弟可愛さに屋敷から出ないだけです。」
「弟⁈」
「ええ、末の弟は体が弱くて。姉以外になつかないものですから、姉も可愛くて仕方ないのでしょう」
疑わしそうにギデオンは眉を寄せた。
「だったら今日も屋敷にいると?」
「いるでしょう。というか、いないとお思いで訪ったのですか?それはどういう意図なのでしょう?」
セリオンが言うと、ギデオンは居心地悪そうに目を逸らした。
先触れもなく放課後訪れて、屋敷の不在を証拠としたかったのだろう。
セリオンはその底浅い考えにいらついた。
ファリティナはジェミニとともに庭にいた。今日はここ何日かの寒さが和らぎ、小春日和だったので、およそ一週間ぶりに外に出れたのだ。
部屋からなかなか出られないため、ジェミニの足は弱い。
いっとき遊んでお茶をすると、ジェミニはファリティナの膝で眠ってしまった。
ファリティナもジェミニの体温を快く感じ、そのまま眠ってしまった。
そこにそっと、暖かな毛布が掛けられていた。
「こんなことだろうと思った」
学院から帰るなりセリオンが姉の居所を家人に尋ねると、ジェミニ様とお庭にいらっしゃいます、と返ってきた。
王子とともに向かうと、案の定、ジェミニを抱きしめたまま午睡するファリティナを見つけた。
「ほんと、だったのか」
王子は驚いて言った。
セリオンは心底軽蔑した思いで王子のつぶやきを聞いた。
自分の不貞は棚に上げて婚約者の悪評に飛びつくとは、なんと底の浅い。
公平で優しいと評判の良い王子だが、裏を返せば人がよく御し易いと言うことだ。
モドリ港での宴のパートナーの件といい、男爵令嬢可愛さに、立場を自ら軽んじている。
姉も苦労するな。
ここに来て初めてセリオンは思った。
姉も姉だが、相手を軽んじている自覚もないこの王子も王子だ。姉は軽んじられているのをわかっていて、ジェミニを世話する時間を作っている。
盟約などなければ、王子などさっさと見切りをつけ、ジェミニとともに領地に引っ込んでいただろう。
まさに愛がなにものにも勝るのだ。
「起こしましょう」
「あ、いや。せっかく寝ているのに」
「姉に会いに来られたのでしょう。身支度させますからサロンでお待ちください」
居心地悪そうな王子を制し、セリオンはそっとファリティナを揺らした。
ファリティナの瞼が揺れる。
「起きてください。姉様。婚約者様がいらしてます」
「・・・・・・?」
「あなたの悪評の証拠を掴もうとわざわざいらしたのです。応対してあげてください」
「・・・だったらここで寝過ごすのが、正解でなくて?悪女なら婚約者様のご機嫌伺いを袖にするものよ」
「私はそれでも構いませんがね。何時間でも待たせれば良いでしょう。だけどここではジェミニがまた風邪をひいてしまいますよ」
ファリティナがジェミニの頬をそっと撫でる。冷たい。
ファリティナはジェミニを部屋に返すように侍従に預け、王子の元に向かった。