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13 輝く糸

鉱石や染色のことは異世界ってことで…。ご容赦願います。

モドリでの滞在は有意義だった。


夜会では皇国の公使や公館の関係者から、コリンの通っている騎士学校について、また皇国の子女教育について話を聞いた。


セアラが在籍できそうな学校の話も聞いた。


滞在最終日には再びサイリウム卿の案内で、モドリ港の隣、アイゼン港周辺を見て回った。


王国では輸入に頼っている生糸の美しさに感動して、ファリティナは織りの体験をさせてもらった。


「こんなに時間をかけてもこれだけしかできないのですね」

一時間かけてたった数センチしか織れなかった。自分で織った絹をファリティナは恨めしそうに見た。


「一人前の職人でも一巻き作るのにおよそひと月と言います」

「一巻きでいくらくらいもらえるのでしょうか?」

金額は思ったより安かった。


「まあ!それだけ⁈あんなに高価なのに?」

「完成後に、販売の商会の手数料を載せますからね。変わった織り方ならこの三倍はいくものもありますが、よほどの職人でないと。そこまでできるのにおよそ十年と聞いてます」


ほお、とファリティナはため息をついた。


「働くって大変」


ははは、とサイリウム卿は豪快に笑った。


「楽な仕事などありませんからな。私たち貴族でも、優雅に見えて重責を担う。向き不向きがあるでしょうが、統治というのはなかなかに骨の折れる仕事だ」

そうですね。とファリティナはおっとりと答えた。


人の裏をかき権力の奪い合いを生業とする貴族と、一日中働いて服も満足に買えない平民。どちらも楽とは言えない。


楽して生きようなんて思ってない。

ただ、幸せならいいのだ。ジェミニが元気で、他愛もないことで笑い合えれば。


だが、織職人ではジェミニを養えるほどはもらえないことはわかった。満足に食べていけるようになるだけでも十年かかるのだ。そんなに待っていられない。


「絹は白しかないのですね。」

王都でよく見る絹のドレスは生成の地に刺繍が施してある。

ドレスとして仕立てると、刺繍の分だけ重くなるが、絹そのものはとても軽い。この軽さと繊細な薄さが魅力なのだ。


「はい、色々染色を試してはいるのですが、まだ技術が見つかっていないのです。」

「あら、でもこれは?」


生糸でできた赤い刺繍糸を見て、ファリティナは不思議そうにした。


「とても貴重なものです。生糸を吐く蚕に、鉱石を削ったものを餌として混ぜる。するとそのような輝くような赤い糸を吐く。ただ蚕にとってはおそらく毒となるものでしょう。他の蚕に比べて三分の一ほどの糸を吐いて、死んでしまう。だから量産はできません。その糸一つで、こちらの反物十巻分はします。」


ファリティナはそおっと、赤い糸を下ろした。


「蚕の血の赤なのですね。」

「似たようなものですね。蚕自身の体液は赤くありませんが、その命と引き換えに色をつけるのですから。」

「残酷ね、だけど、美しいわ。」


ファリティナは少し眉を寄せて呟いた。



人間を美しく着飾らせるために、命を減らして糸を吐き続ける。


蚕の立場からすれば、なんて残酷で傲慢な代物なのだろう。


ここに心を痛めてしまえばこの美しい布は纏えない。


だが、今のファリティナは蚕に心を寄せてしまう。

ジェミニや自分たちを、母が輝くための蚕にはしたくない。



「鉱石はどの種類ですか?」

「孔雀石と聞いてます」

「ヒ素の成分を入れることで赤くなるのでしょうか。不思議ですね」


セリオンが言った。


セリオンはファリティナと来る気はなかったが、ファリティナが誘ったのだ。


「染色の触媒に孔雀石は使わないのですか?」


ファリティナが言うと、セリオンが答えた。


「触媒に鉱石は使わないでしょう。普通」

「でも生糸は虫から出てくるものだもの。木綿や麻なんかとは違うわ。鉱石を食べて体内から赤い色がつくのなら、孔雀石の成分に反応するかもしれないわ。」


サイリウム卿が、ポカンとしてファリティナを見た。


「そう、ですね。たしかに。今まで気づかなかった。生糸は木綿や麻とは違う。できるそのものが違うんだ」


サイリウム卿はにっこり笑った。


「やってみましょう、ありがとうございます。公女様」


サイリウム卿の態度に気を良くしたファリティナは、絹に色がついた場合、買い上げることを約束した。


代金はその場で手形を振り出し、絹が完成すれば引き出せるようにした。


ファリティナは計画が進んで嬉しい。

ニマニマしていると、セリオンから釘を刺された。


「あくどいことを考えつくんですね。代金の先入れとは」

「無駄遣いじゃなくってよ。先行投資よ。それに手形は振り出したけど、割られるのはまだ先の話よ。今年の予算から出るわけじゃないわ」


「その考えがあくどいんですよ。いいですか?学院では絶対にそんなことしないでくださいね。ただでさえ、あなたの評判は良くないんですから」


「学院にいないのにどんな悪評が立つのかしら」


「学院外での噂です。夜な夜な怪しげな社交場に出入りして媚薬を売り歩いているとか」


セリオンが言い募るのを、ファリティナはコロコロと笑った。


「とんだ悪女ねえ。ちょっと誇りに思うわ」

「人ごとのように言わないでください」

「媚薬なんて売り歩いて、何するのかしら?娼館でぐらいしか使い道がないのに。別に私が売り歩かなくても、お家の侍医が手配してくれるわ」

「悩める青少年たちは自分たちが手に入れられないものに、妄想を滾らせるのですよ」

ほんとねえ、とファリティナは相変わらずコロコロ笑った。



大したことないわね、とファリティナは冷めたように呟いた。

その言葉の響きがいつになく厳しく聞こえて、セリオンはファリティナを観察した。


「ご自分の悪評ですよ」

「だれかを悪人に仕立て上げないと結束できないなんて、小物だって言っているのよ。学院は模擬の社交界だって言うけどその通りね。あくまで模擬なんだわ」


辛辣なその言いように、ファリティナが腹の奥底で怒っているのが、セリオンにもわかった。


「噂を収束させないのですか」


「今はそんな暇ないもの」


はあ?とセリオンが目を細めてファリティナをにらんだ。


「ジェミニと遊ぶことに費やす時間を、ご自分のために使ってください」


「区切りがついたらね」


処置無し、とセリオンはファリティナをにらんだ。

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