12 モドリ城の夜会
宿にしているモドリ城に戻ると、王子に呼び止められた。
「探していたんだ。」
「失礼しました。何か御用だったでしょうか。」
「セリオン。明日のエスコートの相手は決まっているかな。」
ああ、とセリオンはとぼけてみせた。
「まだ決まっておりませんでした。」
わざとらしい。
ファリティナはちらりとセリオンを見た。
令嬢たちからの人気高い高位令息ながら、セリオンには未だ婚約者はいない。夜会のための決まったパートナーもいない。
きっと面倒なのだとファリティナには分かっている。
明日の夜、モドリ城では学院生歓迎のための宴が開かれる。日程として組み込まれているものなので、分かっていてわざとパートナーを探していないに違いない。
「アマンダのエスコートをしてくれないか。パートナーがいないようなんだ。」
王子の後ろには、件の男爵令嬢が控えていた。
ファリティナが目をやると、アマンダ嬢は怯えるように肩を揺らした。戸惑うような表情でセリオンとファリティナを見比べている。
うん、とセリオンが考えるような仕草をして、ファリティナと目が合った。
夜会では今日、港の見学で知り合った街の有力者たちが数多く参加する。その挨拶に回る予定だ。
皇国公館の人間も参加すると聞いているので、ファリティナも機会を逃すわけにはいかない。
「殿下、恐れながら。」
ファリティナは少し腰を落として俯きがちに発言の機会を求めた。
「うん。ファリティナ、何だい?」
「殿下がお許しになればですが、明日、私はセリオンとともに出席してもよろしいでしょうか。サイリウム卿から人の紹介をしていただく予定にしております。ファーストダンスの後、ご紹介いただく予定でしたが、セリオンと私、それぞれのパートナーの方にお待ちいただくことになりますので、それならば、明日の晩はセリオンとともに挨拶に回らせていただきたく存じます。殿下は懇意にされているリージョン嬢とご出席されてはいかがでしょう。」
ファリティナはもちろん、婚約者のギデオンと出席予定だった。
だが、状況は明らか。
欠席をしている王都の夜会でも、執行部として参加している際にはアマンダ=リージョン男爵令嬢をパートナーとしてエスコートしていると、噂は聞いている。
「だけど、私の婚約者は君だよ」
何を今更。
若干のめんどくささを感じ、ファリティナは俯いたまま、眉を顰めた。
「ここは王宮ではございませんし、学院行事の一環でございますので、多少の無礼講は許されるかと。ご気分を害されたのならご容赦願います」
「いいや、気分を害してるわけじゃないよ。そんなにかしこまらないで。ファリティナ。どうかな。アマンダ、それでもいい?私でも」
「も、もちろんです!!」
アマンダが両手を組んでぴょん、と飛び上がった。その様子にギデオンは声を上げて笑った。
「でも、その、本当にいいんですか?婚約者様を差し置いて」
「ファリティナもこう言っているし。ありがたく受け取っておこう。ありがとう、ファリティナ」
王子の礼に、ファリティナとセリオンは胸に手を置いて頭を下げた。臣下として礼を受け取ったと示す。
す、と顔を上げると優しげに微笑むギデオンの横で、アマンダが勝気な目でファリティナを見ていた。
なんて傲慢な顔だこと。
失笑に口がにやけるのをなんとか留めた。
二人が去るのを待って、セリオンの雰囲気が変わった。
「なんだ。あの女」
「口を謹んで。セリオン」
ふん、とセリオンが鼻を鳴らした。
「あなたもバカだ。つけあがらせてなんになる」
「明日の予定を優先させただけよ」
「婚約者としての立場より、モドリの有力者の方が優先順位が上だと?」
もちろんだ。ここには生き残るための突破口がある。今のファリティナにとっては王家の威信より頼りになる綱だ。
「めんどくさいことは嫌いなの」
ファリティナは肩を竦めた。
「王子だって恋人といた方が嬉しいに決まってる。どうせファーストダンスの後はあのお仲間たちにべったりでしょ」
ふうん、とセリオンが見下ろした。
ここ数ヶ月でセリオンの背はぐんぐん伸びる。今ではファリティナと頭一つ分ちがう。
「見たくないことは見ない主義ですか」
「見たくなくても見せられてるのよ。不愉快なものに関わるより、興味がある方を取るわ」
「全く、どこまで怠惰なんだか」
パートナー選びさえしないあなたに言われたくない。
ファリティナは心の中で毒づいた。