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11 愛はなにものにも勝る

モドリ港での滞在はおよそ3日。

その間、外国からの交易品の市場の見学や、王都には無い海や港町での見学と施策などの見学はあるが、自由時間も多く設定されている。


貴族学院からの生徒はサイリウム領の領主が所有している城を宿として提供された。


城の目の前は海になっており、城から海岸に出られる絶景だ。


ファリティナは充てがわれた部屋のバルコニーから、海岸を見下ろした。

季節は秋から冬に向かっているので海には入れないが、物珍しさから沢山の生徒が海岸に下りている。


散らばりながら思い思いに楽しんでいる中に、王子と件の男爵令嬢を見かけた。

波打ち際により、寄り添って波から逃げている。

逃げきれずに波がかかりそうになるのを、王子がすかさず令嬢の腕を取り、引いた。


まるで恋人同士だわ。


日傘も差さず、身分など気にしない様が、高位の令息たちには新鮮に映るらしいと噂で聞いた。

王子もその一人なのだろう。


窮屈だ、とコリンが言っていた。

ファリティナはこの身分を捨てたいほど窮屈だと思ったことはなかったが、もしかして王子はそう思ったことがあるのかもしれない。

だとしたら、男爵令嬢の不躾にも思える奔放な様が眩しく映るのだろう。


部屋の扉がノックされ、外からセリオンの声がかかった。


「準備はできてますか。」

「ええ、セリオン。」


扉が開き、セリオンが顔を覗かせた。

「へえ、ここは絶景ですね。」

「そうでしょう。少し見ていく?とても美しいの。」


セリオンと共にバルコニーから海岸を見た。セリオンもすぐに王子たちに気づいたらしい。


「堂々としたものだ。愛妾にでもする気か。」

独り言のようにセリオンがつぶやいた。


「第二妃じゃ無いの?一応、身分もあるし。」

「身分が足りませんよ。第一、有益な結納物がない。」

「あるじゃない、愛が。」


ふん、とセリオンが鼻で笑った。

「それなら妾ぐらいにしかなれない。」

「あら。愛はなにものにも勝るのよ。」

「何を言ってるんですか、白々しい。」

ふふふ、とファリティナは笑った。


「嘘じゃないわ。そうでなければ、こんなにジェミニに尽くしたりしないわよ。」


なるほど、とセリオンは初めてファリティナに同意した。



ファリティナとセリオンは、領主であるサイリウム卿と面会していた。


サイリウム卿は派閥では、グランキエースに属していない。だが、先代である父とは懇意にしていたことをファリティナは知っていた。

幼いころ何度も屋敷に訪れ、その度に珍しい外国の菓子をくれたものだ。


サイリウム卿に会うのは父の葬儀ぶり。


「おふたりともご立派になられた。」


感慨深くサイリウム卿は二人を見た。


「君の優秀さは聞いてますよ、セリオン公子。学院始まって以来の天才とか。」

「なんの噂でしょう?お恥ずかしいです。」


あらあら、そんな顔もできるのね。とんだ狸だわ。


サイリウム卿の言葉に少し頬を染めて、嬉しそうにするセリオンにファリティナはちょっとだけ眉を上げた。


ファリティナはモドリ港の賑わいを褒め称え、物珍しい外国の製品に興味があることを告げた。

サイリウム卿は気を良くして、市の見学の案内を申し出てくれた。

ついで、ファリティナは言った。


「二番目の弟が皇国の騎士学校に入学しているのです。遠く離れていて様子がわからず気になっています。どなたか皇国の方とお話しすることはできますでしょうか?」

「弟さんが、騎士学校に。」

サイリウム卿は感慨深そうにファリティナを見た。


「懐かしいですね。あなたたちのお父様も騎士学校に入りたいと本気で動いていたことがありました。」

「父が、ですか?」


セリオンには初耳だったらしい。サイリウム卿は懐かしそうに語った。


「鍛錬に付き合わされました。結局、身分が邪魔して果たせませんでしたが。皇国は新しい国なので、そのしがらみがなかったのですね。良い着眼点だ。」

「父が亡くなる前に手配してくれていたようです。私も最近まで知りませんでした。」

「・・・・・・やはり立派な方だった。あなた方のお父様は。友として、公爵として、尊敬申し上げておりました。」

サイリウム卿の目元にうっすらと涙が浮かんだ。



ここは、いけるかもしれない。


ファリティナは心に書きつけた。


父に同情的なサイリウム卿なら、没落までに逃げ道を作れるかもしれない。

だが残念ながら、サイリウムはグランキエース公爵とは違う派閥に属している。

パレルト公爵派閥は交易に特化しており、内政を重視するグランキエースとは違う派閥だった。

多くの港を持つサイリウムはパレルト公爵の派閥となる。


そして、残念なことにあのガヴル子爵もまた、パレルトの派閥になるのだ。


派閥が同じだからと言って、ガヴルと面識があるかわからない。甘い認識かもしれないが、選択肢の一つに押さえておいていい。


午後の時間、サイリウム卿直々にモドリの港町を案内してもらう。


「モドリは最近、港を大きくしまして。大型の交易船が入港できるようになりました。お嬢様が興味を引くような嗜好品は、モドリの隣にあるアイゼン港が主な貿易港に移っているのです。もしよければ、そちらもご案内しましょう。」

「では、モドリでは何が主要な取引になるんですか?」

セリオンがすかさず聞いた。

「最近は、鉱石類が多いですね。あちらでは取れないような硬い木材も多い。木材はこちらから、鉱石はあちらから、と言う具合に。」

「鉱石。種類は?」

「硝石を含んだ土砂と鉄鉱石になります。」


どちらもグランキエースから多く採れる地下資源だ。


「こちらでも取れるのに、わざわざ海を渡ってくるのでしょうか?」


値が安いからですよ、とサイリウム卿は答えた。

ファリティナは、ハッとしてサイリウム卿を見た。


「値が、安い?」


声に少し震えが混じった。


「はい。こちらでは鉄鉱石などは価格の変動を抑えているでしょう。それに比べたらあちらからのものは2割ほど安い。最近はもっと落ちてきている。それでいて品質は同じですから、公定取引を決められている大きな商店以外では、そちらを求めることが多くなってきているのです。」


セリオンの眉が寄った。


「品質が同じですって?皇国にそれほどの鉱山があるとは知らなかった。」

「入り出したのがここ数年ですからね。新たな採掘があったのでしょう。」


いや。

ファリティナの心臓が早鐘のように鳴る。

鉱石は山脈や発掘地によって品質が変わる。同じ品質などあり得ない。

外地を経由することで、産地をごまかしているようだが、調べればすぐに跡がつくだろう。


悪夢が現実になってきている。

せっかく国が決めた公定価格を覆すようなことをしているのだ。グランキエースの裏切りだと言われても仕方がない。


青ざめたファリティナを、セリオンがこっそりと見ていた。

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セリオンなにか気付いたかな?
[一言] 母親があまりにも無思慮すぎる・・・
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