08
あれから反応を見せず固まり続けるセレナへ必死に声をかけたり揺さぶったりして現実に戻ってもらった。
父には命を懸けて守ってもらう奴隷として買うとは言ったけど、セレナにはちゃんと自分の思いを伝えた。
一目見て従者としてほしいと思った人が奴隷だから助けるために買いたい、奴隷として扱うのではなく人として立派な従者として育てたいことも伝える。
世話をするといっても私は主だから従者としてお世話をする方法は教えることができない。
そこでクイナに教えられる先生としてセレナを選んだ。
現在私の専属で傍にいてくれてるのはセレナだけ。でも今後一人だけでは忙しさから困る場面もあるだろう。
だから私にとって大事な専属従者で、セレナにとっても私を任せられる頼れる存在となってほしいのだ。
「突然奴隷商の所に行くと言い出したから驚いてしまいましたよ。わかりました、お嬢様が望まれるなら喜んでお教えしましょう」
「よかった! セレナもずっと私につきっきりだとこれから大変だと思ってたの。それにいつか……セレナもお嫁さんになるでしょ?」
「まぁ、リリィお嬢様……! そんないらぬ心配はなさらなくてよいのですよ。私はずっとお嬢様のお傍でメイドとして働くことが最高の喜びだと思ってますから。リリィお嬢様が立派な王子妃になられるお姿を見るまでは、ずっと一緒におりますよ」
うう、優しすぎるわセレナ。いいお婿さんを見つけてあげたいくらいよ!
でも、まだリリアンヌになってから一日しか立ってなかったこともあり、セレナの言葉を聞いてふと思う。
――今のままだと、ゲーム通りに事が起きてしまえば私は王子妃になるどころか死ぬ未来だ。
一番重要なことははクイナの命を守ることと思ってたけど、私も自分の身を守らないといけない。
(クイナも私も助かる、幸せな未来……)
処刑も婚約破棄も、起こさせない。みんな幸せになる未来を、私は掴みたい。
だからこそ……
「よし、セレナ準備しましょ!私たちの準備もだけど彼を受け入れる準備もしなきゃ!」
まずは、クイナを迎えに行こう。
もう少しだけ待っててね、クー様。今あなたの主人がお迎えに行きますよ!
我が家の馬車によってゴトゴト揺られながら街へ向かう。
ところどころ見える街並みを見て「あ、ここヒロインと王子がデートした場所だ」とか、「たしかこの店にあのNPCがいたような……」と馬車から聖地巡礼を楽しんでいた。
今はリリアンヌでも、元はコイガクファン。ゲームに出てきた場所がただの路上でも立派な聖地です。
「そういえば、お嬢様。これから買う方はいつお会いしたのですか?」
現世のゲームの中です、とは答えられず思わず言葉が出てこない。
「え、えっと……前に、家族で街に来た時に偶然ちらっと見たの。ほんのちょっとしか見てないけど、気になっちゃって……あはは」
「まぁ!そうだったのですね。ふふ、お嬢様もいつのまにかおませさんな時期を迎えたと思うと……嬉しいやら寂しいやら」
確かに、八歳だとおませさんかもしれませんが中身は二十六歳足す八歳。結婚しててもいい年ですが未だに年齢イコール恋人いない歴は継続しております。
「しかし、今のお話はほかの誰にもお話してはいけませんよ。お嬢様は第二王子様の婚約者なのですからね」
「は、はーい!」
そうだった。もう私は婚約者のいる身だった。エドガルド王子は嫌いではないけどそれ以上に私の心は推しキャラに奪われていたからなぁ。
でも私が王子妃として結婚することになれば、クイナが死ぬ理由なんてなくなる。
(大好きなクイナと幸せになれたらすごく嬉しいけど。それ以上にクイナを死なせたくないから……ゲーム通りにならないようにしないと)
「まもなく到着いたします」
御者さんの声に反応して、私は大きく深呼吸する。
もうすぐ、大好きなクイナに逢える。ゲームの画面越しじゃない、本物の推しキャラに出逢うことができるのだ。
まだ逢ってもいないのに嬉しさから涙が出そうで袖で拭いそうになるけど、慌てて顔を横に振って涙をごまかす。
今日はセレナに可愛い洋服を選んでもらった。
大好きな人に逢うから、少しでも可愛いと思ってもらいたくて。
その時のセレナは何も言わないでくれたけど、きっとこれまでの行動で私が彼に従者として以外の気持ちがあることはバレているに違いない。