05
次の日。
クイナの事が心配であまり眠れなくて、落ちそうな瞼を擦りつつセレナの世話を受ける。
ここからは寝ぼけた頭では挑めない、と冷たい水で顔を洗い頭の中をすっきりさせた。
これから私が挑むのはこの家の主である、リリアンヌの父親だ。
けれどもそんなに世の中は甘くない。
今回のおねだりの成功率は半分もないと思っている。
何故なら我が家は普通の家と比べると、とても冷めた家だからだ。
父も母もお互いに愛情はなく、いわゆる政略結婚で結ばれた夫婦だ。
父は侯爵家の名誉を一番大事にしていて、私を王家に嫁がせることを何よりも重視している。
母に関してはこの家を継ぐことになる私の弟……攻略対象の一人であるルーカスを盲目に愛していて、私のことなど二の次だ。
ゲームを全てクリアした私から言わせてもらうと、リリアンヌは決して悪役令嬢ではない。
ただ、第二王子の婚約者という立場を奪われることを恐れて抗った結果があのエンディングだった。
血の繋がりを持つ家族でさえも決して彼女の無罪を信じることはなく、唯一あの時リリアンヌの為に動いたのは、クイナだけだった。
そして彼は自分の主である彼女のために命を落とすのだ。
(そんな未来は絶対認めないけどね!)
ともかく、私は今からそんな愛情の少ない父親に対して交渉をする。
ただ欲しい欲しい攻撃をしてもこの父親は絶対に買ってくれない。あくまで令嬢らしい行動で交渉するのだ。
食堂には既に父と母、まだ眠そうな弟が座っていた。
私は気合を入れていた為か少しだけ遅れてしまったらしい。
「遅れてごめんなさい。おはようございますお父様、お母様、ルーカス」
「……リリアンヌ、早く席に座りなさい」
立派な口髭を貯えた父が座るよう促す。
ここで機嫌を損ねてしまったら私の作戦はすぐにゲームオーバーだ。
私はにっこりと微笑みを返し、いつもの席へ座った。
食事中に会話などない。ただ、静かに食事をするだけ。
しかし、気を抜くことは決して許されない。
少しでもマナーを乱す行為があれば即座に注意が飛んでくる。長い説教のあとにマナーを学び直しするための勉強時間が増えてしまう。
私は王家に嫁ぐ身であるため、特に父と母の厳しい視線が注がれていた。
(こんな空気の中で食べても、美味しさがわかんない)
作業のように一口に切っては口に運ぶ。
今日はこの後の交渉を考えて普段よりも優雅に見えるように集中して食事をした。
ようやく気の重い食事が終わり、それぞれが席を立ち始めたのを見て私は恐る恐る父の元に寄る。
「お父様。この後少しお話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」
「……分かった。書斎へ来なさい」
私を見ることもなく先を歩く父の背を追うように、私も食堂を出て書斎へ向かった。
――ここからが、正念場だ。