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「ルーカス!!」
突然聞こえてきた声に、私とルーカスは共に声の方へと顔を向けた。
私たちの方へ走ってくるその姿にルーカスは笑顔を見せて、そして私は思わず震えてしまった。
「かあさま!」
走ってきたのは母親のミュゼだった。
ルーカスの大好きな母が来て嬉しいのか涙で濡れた顔が満面の笑顔を見せる。
(……ま、まずいかも)
ルーカスとこれまで一緒にいる時間が取れなかった理由を。
一緒にいることを誰が一番望んでいなかったかを。
私はこちらに向かってくる母親の姿を見てやっと思い出した。
近付いてきた母親は一目散にルーカスの元へと向かう。
ルーカスがしがみついていた私をその手で払い除けて引き離し、ルーカスを離さぬように抱きしめた。
あまりに突然引き離されてバランスを崩し、私は尻もちを付いてしまった。
(あ、あぶない! 怪我したらどうするのよ!)
「ルーカス!! どうして部屋で待っていなかったの! お母様はずっとルーカスのことを探していたのよ!」
「ご、ごめんなさい……。一人で部屋にいても暇だったからここに来てたの」
母親の慌てた姿に何も伝えずにここへ来たことを謝罪するルーカスを、母は何度も優しく撫でて身体に怪我がないか触って確かめる。
見事なほどの過保護な母親がそこにいた。
(やばい、すっかりこの人の事を忘れてた)
私とルーカスが一緒にいる時間を作れなかった最大の理由はこの母親だ。
本来ならこうして同じ場にいることは、許されないことだった。
私たちが遊びたいと望んでも母親が許してくれず、そして今まで共に過ごす時間をあまり持たないで生活してきた。
このまま地面に座ったままだとドレスが汚れてしまう。
ゆっくりと立ち上がり土のついた部分を叩いて落とすと、母親の視線が大好きなルーカスから私へと向けてきた。
その視線は先程優しくルーカスを見つめていたものとは真逆で、とても鋭くまるで我が子を見ているとは思えないほどに怖かった。
「リリアンヌ! なぜルーカスを泣かせたの、貴方は姉なのに! ああルーカス、可哀想に……っ」
……んん?
あれ、なんか私がルーカスを泣かせたことになってるような。
「お母様、違います。ただ私達は」
「言い訳なんて聞きたくないわ! 普段から何かとそう。貴方は姉の自覚があるのですか!」
は、話を聞けー!
ダメだ、怒りで我を忘れている。
母にとってはルーカスが何より大事、姉の私は二の次だ。
なお、こんなにも拒絶されているが実の親子である。
事情を何も知らないで母からこんなに拒絶されていたら、トラウマになっていただろう。
ルーカスルートで発覚するゲーム情報によると母の根底にあるのは私を出産した時の周りの冷たい反応だ。
嫡男ではなく娘を産み、親族から相当嫌味を言われたらしい。そして自分ではなく父に似た私を見てとても落ち込んだ。
次の年に生まれた嫡男のルーカスはまさに母にとっての救世主だったのだ。
前世の年齢が同じ年頃で、同じ女としては心にくるものがあると言うのは分かる。命懸けで出産して、返ってきた言葉に心が傷ついたのよね、うんうん。
でもそれをリリアンヌに当たるのは間違いだわ。
「大体貴方はなぜ今ここにいるの! 勉強はどうしたの!」
「今は休憩時間です。私はルーカスに話があってここに来ました」
「……ルーカスに?」
「ええ、最近私が雇った従者の怪我につい――」
「あの奴隷の事ね。そもそも貴方はグラシア家の令嬢だと言うのに奴隷を従者として雇うとはなんなのですか! ルーカスに迷惑がかかるとは思わないのですか!」
……だめだ、話を聞いてくれません!
いけない、私がとても苦手なタイプの人だわ。
前世生きてた頃に勤めていた会社のお局様に人の話を聞かないこんな感じの人いたなぁ。
自分が偉いんだから一切口答えはしないで、と一方的に口を挟まさないで説教し続ける人。
こんな時は落ち着くまで大人しく話を聞き流すのが一番、と思っていた時だった。
「そもそも奴隷が怪我したからなんなのです。奴隷なんて使い捨てなのだから放置しておきなさい」
その母の一言を聞いて私の中の何かがプツンと切れた。




