26
悪びれることなく明るく話すルーカスを見て、背筋が凍るような感覚がした。
まだ子供だから善悪が分からず、してはいけないことが分からないのかもしれない。
私は姉としてきちんと言い聞かせなければいけないと思い目の前に立って視線を合わせながら語りかける。
「ルーカス、なぜ虐めてなんてお願いしたの?」
「そんなの決まってるじゃない。あいつ生意気だもん、奴隷のくせに……」
「なっ……!」
まだ幼いのに既に攻撃していた従者たちのように奴隷に対して非道な考えを持っていることに対して、私は改めてこの世界が前世とは全く違うのだなと認識した。
「ルーカス、例え奴隷だからと言って理由なく傷つけることは許されないわ。それに私にとってはクイナはとても大事な存在なの。あんなに傷つけられて、私はとても悲しいわ」
ルーカスの心に私の想いが届くように優しく言い聞かせる。
その変化は、直ぐに起きた。私の話を聞いている間からルーカスの笑顔は消えていき、気付けば頬を膨らませてじっと私を睨みつけていた。
(わ、私何かルーカスを怒らせるようなこと言ったかしら。当たり前の事しか言ってないと思うんだけど)
「ルーカス、あの……」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい! 何でねえさまはアイツのことばかり優しくするの! 僕だってねえさまに優しくされたいのになんで怒るの! 僕は何も悪いことしてないのに!」
突然ルーカスが声を荒らげ泣き始めた。
大きな瞳からは大粒の涙を流して、まるで私の話なんて聞きたくないとばかりに止まることなく地団駄を踏みながら喚き散らす。
「ねえさまは僕のねえさまなのに! 僕だって一緒に遊びたいのにあの奴隷ばかりずるい! ねえさまがアイツばかりにばかり構って! ……っ、僕はねえさまと、一緒に、いたかっただけだもん……!」
「ルーカス……」
確かに、私が前世を思い出す前からルーカスとの仲はとても姉弟とは思えないほどに薄かった。
そして前世を思い出してからはクイナのことばかりに構いきりになってしまい、その仲良さそうな光景を見たルーカスはとても悲しみ、怒りを覚えたのだろう。
そしてその怒りは姉の私へではなく隣にいたクイナへと向いたに違いない。
(これは、私はルーカスのことを責められないわ)
もっと私も周りの事を考えて行動すべきだった。
泣き続けるルーカスをぎゅっと抱きしめて泣き止んでと願うように額に口付けを贈る。
私に抱きしめられて気持ちが落ち着いてきた様子を見て、改めて私はルーカスにちゃんと話をし始めた。
「ルーカス、ごめんね。もうルーカスも元気になったのに、私が勉強ばかりしていて構ってあげられなくて……寂しかったよね」
「ぐすっ……ねえ、さま……」
「ルーカスの事嫌いだったから遊ばなかったわけじゃない。私も将来の為にいっぱい勉強しなきゃいけなかった。勉強しないと怒られるもの、ルーカスも怒られるのは嫌でしょ?」
「うん、怒られるのやだ」
「ルーカスの気持ちはとても分かったわ。私も来たばかりのクイナに構ってばかりで、ルーカスを寂しくさせてた。そこは姉様が悪かったわ。でも……だからと言って人を傷つけるのはいい事かしら?」
「だ、だって……奴隷は、なにしてもいいって……」
「奴隷だって私やルーカスと一緒よ。一生懸命生きてる人だわ。ルーカスは蹴られたり殴られたり、酷いことされたらどう思う?」
突然私に質問を投げかけられてルーカスは唸りながらも必死に考え始めた。
「……そんなの、やだ」
「じゃあ、私に何かあって奴隷になってしまったら……ルーカスはやっぱり私を虐める?」
「っ! 虐めないよ! ねえさまはずっと僕のねえさまだもの、痛いことなんてしない!」
私が暴力を振るわれたところを想像したのか、小さな腕が私を離さないように強く抱き締めてきた。
ルーカスはとても賢い子だ、ちゃんと話をしたら分かってくれると思っていた。強くしがみつくルーカスの頭を撫でて慰める。
「これからは、姉様もルーカスと遊べるように時間を作るわ。だからもう、誰かを傷つけるようなことはしないで?」
「本当に?僕とこれからは遊んでくれる?」
「うん、姉様もルーカスと一緒に遊びたかったから」
私達に足りなかったのはこうして話し合ったり、一緒に遊んで絆を確かめ合う時間だった。
ゲームの中のルーカスは姉に対してとても冷たくて、モニカに害をなした私を家族とは思うことなく処刑にした。
それはこうした姉弟の時間がとれなくて、すれ違った結果だったのかもしれない。
(もしかして、私何も考えてなかったけど処刑されるルートを回避したのかしら!まずは明るい未来へ一歩前進ね!)
彼が悪いことをしたのは間違いない。だからちゃんと心を鬼にしてルーカスに伝える。
「でもルーカス、貴方は悪いことをしました。貴方のわがままで言うことを聞いてくれた従者は謹慎、クイナは怪我をしました。どうすればいいか分かりますね?」
「はい……。ちゃんとみんなにごめんなさい、します。悪いことしたら、謝らなきゃだから」
「うん、姉様も一緒に行ってあげるから……ちゃんとみんなに謝ろうね」
「っ、うう……ごめんなさい。ねえさま、ごめんなさい……っ!」
自分のしてしまった事がどんな酷いことだったのかきちんと理解出来たのか、今まで聞いたことないくらい大声でルーカスが泣き始めて私は慌てる。
きっとこうして私に甘えたかったのかなと思うと、私にしがみついて泣く小さな弟がとても愛しく感じて何度も背中を撫でながら、大丈夫よと声をかける。
(ルーカスがちゃんと私の言うことを聞いてくれてよかった。これにて一件落着、ね!)
私は無事に解決できたことに胸を撫で下ろした。あとは皆に謝りに行けばいいだろう……と思っていた。
でも私はこの時忘れていた。
なんで今まで、ルーカスと一緒にいる時間が取れなかったのかを。
今はただ、涙目で私に抱きつくルーカスがどうしたら泣き止んでくれるかを一番に考えていた。




