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二人の従者には約束通り十日間の謹慎を言い渡した。
もしその後問題を起こした場合は、即刻解雇を言い渡すと追加で彼らに伝える。
これで万が一命令されることがあっても、もうクイナに手を出したいと思うことはないだろう。
侯爵家を解雇されたとしたら、彼らに明るい未来なんてないんだから。
私は後のことをロベルトに任せて部屋を出た。彼らに命令した人物に会うために。
今の時刻は昼の二時を少し回っている、この時間なら目的の人物はいつも同じ場所にいるはずだ。
私が夢で見た、自分の部屋の窓から見える場所。
庭にある一角、一人の人物のためだけに作られた小さな遊び場だ。
太い大木の枝にロープをくくりつけて作られたブランコが、規則正しく音を立てて揺れている。
私より小さな子供が一生懸命こいでいる姿が、少し離れた場所からでも見える。
辺りを見渡すとメイドが一人いるだけだろうか。彼一人しかいないなんて珍しい。
(まぁ、こちらとしてはとても嬉しいことだけど)
「――ルーカス」
彼の名前を呼ぶと私を見つけたのか緑色の大きな瞳が輝き、勢いよくブランコから降りると私の元に駆け寄ってきた。
「ねえさま!」
とても嬉しそうなはしゃぐ姿を間近で見るのはいつぶりだろう。少なくともここ最近では見たことない光景だ。
私自身、彼と会えるのは食事時間や何か用がある時にしか会ってはいけない。
――そう、言いつけられてきたから。
飛び込むように抱きつくルーカスを小さな身体で抱きしめる。
勢い良すぎて後ろに転げそうになるけど、ここは姉らしく力を踏み締めて耐えてみせた。
久方ぶりに私と会える時間が出来て嬉しいのか、じゃれるように擦り寄ってくる。甘えるルーカスの茶色の猫毛に手を添えると優しく頭を撫でた。
「ねえさま! 僕に会いに来てくれたのすごく嬉しい! ねえ、一緒に遊ぼ!」
「そうね。……お母様は?」
「かあさま? 今お客さまがきてるみたい。部屋で遊んでてって言われたけど暇だからここに来たの!」
満面の笑みで答えているけど、この後何が起きるか考えるととても胃が痛い。
早めに用事を済ませてここを去るのが一番だと考えて、私は付き添いのメイドに視線を送る。
「ごめんなさい、少しだけ二人きりにしてもらっていいかしら。用事が済んだらちゃんと声をかけるから」
「かしこまりました」
流石に少し困った顔をしていたけど私からのお願いをきちんと聞いてくれて安心した。
「ねえさま、ブランコで遊ば!」
二人きりになれて嬉しいのかルーカスは私の手を引っ張って先程まで遊んでたブランコへ連れていく。
ブランコは一つしかないから私に押して欲しいのだろう。このブランコは彼専用なのだから。
言われた通りに私は、彼がブランコに乗ってしっかりロープを掴んでいる事を確認すると背中を押してあげる。
私自身も小さいからそこまで力は入らないけど、一緒に遊んでることが嬉しいのかルーカスは笑顔を見せていた。
こうして二人きりで遊ぶのは初めてだ。
まだルーカスが小さい頃はよく病気になっていて遊ぶこと自体出来なかった。
リリアンヌがルーカスに会いに行くと夢のようにお母様に叱られた。
元気になると今度は私が勉強をしなくてはいけなくて、結局彼とは遊ぶ時間はなかった。
姉弟なのに、共に遊ぶ時間を持てずに過ごしてきたのだ。私も一緒に遊べて楽しいし、嬉しい。
でも、私が来たのは遊ぶためじゃない。
嬉しそうにはしゃぐルーカスに私は声をかけた。
「ねえ、ルーカス。聞きたいことがあるだけど……」
「なーにー?」
必死に冷静を保ちながら。
胸の中で湧き続けている怒りを必死に表に出さないように、作った笑顔を見せて問いかけた。
――あの時従者が告げた、命令をした張本人に。
「どうして、従者にクイナを虐めるように命令したの?」
ブランコが勢いよく揺れる。ルーカスが飛び降りて、地面に着地したからだ。
振り向いたルーカスは私の質問に答えた。
「なーんだ、もうバレちゃったの?」
とても愛くるしい、いつもの笑顔を見せながら。




