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 このまま泥だらけだと風邪をひくと思い、私は彼の手を引いて屋敷の中へと戻った。

 クイナは何も言葉にする事はなかったけど、強引に手を繋いで歩き始める私から逃げることはなく、大人しく着いてきてくれた。


 

「お嬢様! クイナ!」



 クイナの部屋へ向かおうと歩いていると後ろから私達を呼ぶ声が聞こえて、振り返ると慌てたように駆け寄るセレナの姿が見えた。



「せ、セレナ」

「一体どうなさったのですか! クイナは服もボロボロで傷だらけですし、お嬢様もドレスが泥だらけで……。何処でそんなヤンチャをされてきたのですか!」



 い、いかん!このままだとお説教モードのセレナが現れてしまう。

 つい先日、私が前世の記憶を取り戻した直後のあの長い説教を思い出した私は慌ててセレナの言葉を遮る。



「セレナ、詳しい話はあとでするからまずはクーの手当と私の着替えの準備をお願い」

「か、かしこまりました!」



 二人の恰好と普段の私と違う空気でようやく察してくれたのか、セレナは一礼すると慌ててその場を去っていった。



 クイナの部屋の前に到着すると、彼は繋がっていた私の手をそっと離した。

 私としてはこのまま彼の手当をする気満々でいたので部屋の中に入るつもりだったのに、あれからずっと話さなかった彼の口から「ここまでで大丈夫です」と言われてしまい戸惑ってしまう。



「えっ……クーの手当しないと」

「大丈夫です、手当は自分でも出来ますから。お嬢様も早くお着替えになってください」

「で、でも」

「リーンお嬢様」



 嗜めるように名前を呼ばれて思わずしゅんとしてしまう。


 まるで、クイナの反応が私を突き放してるように感じてしまい凹む私を見て、クイナは少しだけ高い身長差を無くすように屈むと私の頭へ手を伸ばし、そっと優しく撫でてくれた。

 その顔には先程までの強張っていた表情とは違う、私に向けた微笑みがあった。


 安心させるためなのかもしれない。

 でも私は単純なもので、彼が私に笑っているだけで嬉しくなってしまい思わず頷いてしまった。



「……わかった。ちゃんと手当してね?」



 信じてない訳じゃない。でも彼のこれまでの生活を考えたらこれからも苦しいことや悲しいことを伝えないかもしれない。



「これからは何かあったら私に教えてね。どんな些細なことでもいいから。クイナの事もっと知りたいから!」



 頭を撫でてくれていたクイナの手を取ると、私の小さな小指と彼の小指を繋ぐ。

 こちらの世界にあるかは分からないけど、やはり前世の世界で約束事と言えば指切りだろう。



「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った!」

「……なんですか、その恐ろしい歌は」

「ふふ、これは指切りよ。約束する時に歌うの。……ほ、本当に嘘ついたら針千本飲ますわけじゃないからね! あくまで例えだからね!?」



 指を切り、拳骨一万回にを針千本飲ます。

 改めて歌詞を思い出すと恐ろしい拷問のようにしか聞こえない。


 クイナに誤解されてはいけないと思って、本当にする訳じゃないと慌てて訂正すると何故かクイナは笑いだした。



「……っ、はは! 流石にそこまでされるとは思ってない。逆に俺が針を飲むところ見たらお嬢様がやめてって泣き出しそうだしな」



 うっ、私の事よく分かってるじゃない。

 そうね、どうせクイナに飲ませるなら針じゃなくて美味しいものにするわよ。



「わ、分かってるならいいわ」

「ほら、セレナが来ましたよ。お嬢様も早く着替えてください。私も手当したらお嬢様の元に戻りますから。約束、しましたしね」



 先程まで繋がっていた小指を掲げて微笑むクイナを見て、思わず私の心臓は激しく高鳴る。


 な、なにこの甘い雰囲気!

 推しが、推しがとても甘いです!


 あまりに色気のあるクイナの行動に上せそうになりつつ、私は呼びに来たセレナと共に部屋に戻る。


 

 新しいドレスに着替えながら私はクイナの事を考えていた。

 私の言葉でほんの少しでも彼の心に希望の光を宿すことが出来ていたなら嬉しい。


 でも、このままではクイナはまた傷つけられてしまう。

 ここにはクイナの味方は少ない。奴隷と知って今回のように一方的な暴力を与えられるかもしれない。


 クイナを傷つけるなんてこの私が許さない。


 まずは現在の環境を変えなくては――そう思い私は先程までの浮かれた気持ちから切り替える。

  


(今からやらなくてはいけないことがあるから)



 鏡の中の私はゲームのリリアンヌのように、悪役令嬢らしい怖い表情をしていた。




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