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「…………お嬢、さま……すみません。みっともないところを、見せてしまって……。もう、大丈夫ですから。こんなの全然平気ですし、今までもっと痛い目にあってましたから。心配なさらないでください」




 弱弱しく言い聞かせる言葉が、私の心に突き刺さる。痛い事が平気なんて――



「そんなの、慣れなくていい!!」


 

 この現状が当たり前なように語る彼に、思わず怒鳴りつけてしまった。

 私の大声に驚いたのか俯いていた顔を上げたクイナと視線が合った。


 怒りもせず、泣きもしない。いつも通りのクイナの反応が私にはとても悲しく見えた。



「嫌なことをされたら、嫌だって言っていいんだよ! 怒ってもいい、泣いてもいい! これからはやりたいことをやって、私の傍で一緒に……いっぱい、いっぱい幸せになるの。クイナはたくさん幸せになっていいの! だからもう、こんなことを慣れてるなんて……言っちゃだめなんだからぁ……っ」



 ――ふと私は考えてしまう。クイナにとって今の生活は幸せなんだろうかって。


 奴隷商から出された途端に突然私の従者になりなさいと言われて、きっと突然の生活の変化で戸惑ってる時に周りから暴力を受けて。

 もしかしたら、購入した私を恨んでいるかもしれない。

 一度考えてしまうと今の私はクイナの主として力不足だと思い知らされる。


 まだ子供だからという理由だけじゃない。人一人を助ける責任の重さが私自身理解出来ていなかったからだ。

 

 それでも私は、彼を助けたかった。

 前世から一目見て大好きだったクイナを、幸せにしたいと願った。

 

 これから起こるかもしれない、ゲーム通りに未来が進んで私を助けて死ぬ人生から。

 奴隷として人から冷たい視線を、汚い言葉を、身体と心に傷を与えられて生きている現実から。


 

 彼を襲うかもしれない全ての事柄から、守りたかったのに。

 私は彼に守られるのではなく守る存在になりたいと、思ったから。



「……ごめんなさい……っ」

 


 我慢できずに瞳から涙が零れてしまう。

 私が泣いてどうするのよ、そんな資格ないのに……!

 

 何度も泣き止めと心に言い聞かせても蛇口の栓が壊れたように瞳から涙が溢れ出てしまう。

 突然泣きだした私を見て見かねたクイナが手を差し出し濡れている頬を拭った。



「どうして泣くんだ。お前が泣く必要なんてないだろ?」



 涙を止めたい一心で服の事なんて気にせず、早く止めたくて袖で涙を拭く。

 

 

「ごめ、ん……すぐ、泣き止む……から……」

「大体、なんでオレにこんなにもしてくれるんだ。オレは、犬の獣人でただの奴隷だ。貴族のお前とは違う。同情で飼い始めたならそこまでしなくても」

「同情じゃない!!」



 首を激しく横に振り、クイナの言葉に対して強く反論する。

 彼が今までの私を見て同情だって思っても仕方ない、きっと優しかったのも主としてだから。クイナの行動には間違いなんて何もない。

 

 それでも私は、彼の言葉に否定した。



「同情じゃなかったらなんなんだ。従者にする奴隷だったら誰だってよかったはずだろう?」

「誰でもいいわけじゃない! 私は、私はクーがいいの!」



 少しでも信じて欲しくて、泥だらけになった彼を強く抱きしめる。

 初めて出逢ったあの牢屋の中でのように、強く離さぬように。



「クーが、クーじゃなきゃ……いやだったの……っ。どんな犬獣人でも、奴隷でもやだ……クーだったから、私の従者にしたの。クーを、いっぱい幸せに……したかったからっ……」

「……なんで、そこまで」



 私の言葉に狼狽えるクイナに、私は言い聞かせるように笑顔で答えた。

 この胸の中に湧き続ける気持ちを、私の行動の原動力を彼に教える為に――。



(そんなの決まってるじゃない……)



「クーの事が、何よりも大好きだからだよ!」



 少しでもいい、私の気持ちが彼に届いてくれれば……。

 そう願っていると、彼の頭が私の肩に乗ってきた。

 まるで顔を隠すようにするその行為がとても愛しくて、いつも私がしてもらってるように小さな手だけど何度も優しく頭を撫でる。



「お前、変わってるよ……」



 変わってないもん、クーのことが好きなだけ――と伝えようとしたけど止めた。

 じんわりと肩が濡れる感触を感じて、頬に当たっていた柔らかい髪に顔を埋める。クイナからするいい匂いがまるで陽だまりのようで、胸が暖かくなった。



 そういえばクイナの言葉遣いがいつもと違ったことに今頃になって気付いた。

 普段の丁寧な言葉を使う彼しか知らなかったから、きっといつもは頑張って敬語で話してくれていたんだろう。


【コイガク】をやりつくした私でもゲーム内で口調の変わったクイナを見たことがなかったから、もしかしたらこれが本来のクイナの口調だったのかもしれない。



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