21
数日前の朝、笑いながら話していたクイナの顔を思い出す。
きっとあの時の傷もこけたのではなくて誰かに怪我をさせられたんだろう。
どうしてもっと上手く彼の話を聞いてあげられなかったのか。
胸の中に深い悲しみと後悔と、それ以上に大好きなクイナが攻撃されている事に対しての怒りがこみあげていた。
「何をしているの」
自分が思っていた以上に低く冷たい声が出たと思う。
突然現れた私の姿を見て攻撃していた先輩従者は攻撃を止めて、驚いてるのか顔を強張らせていた。
「リリアンヌ、お嬢様……」
「聞こえないのかしら。ここで、何をしているか聞いてるの」
「い、いや……あの、その……」
私はそのままクイナの元へと駆け寄る。
小さい身体だけど一生懸命彼の身体を抱きしめて起こしてあげる。
「クー、大丈夫?」
「…………申し訳、ございません」
いじめられている事を私に知られてしまった事に対してなのか、白い耳を垂らし何度も小さく謝罪の言葉を呟く。
クイナを虐めていた従者たちは私がこの場に現れたことで、この後の未来を想像したのだろう。だんだん顔色が青ざめていき、慌てて私に対して土下座をして何度も許しを乞いていた。
この場で問いただしたい気持ちは強い。でも今はクイナの傷の手当てを優先したい。
でもこのまま放置すると目の前で謝罪を繰りかえす二人は逃げるだろう。
子供の私では二人の従者を捉えることなどできない。
「誰か! 誰かいないかしら!」
庭園のどこかに庭師が居るはずだ。そう思ってせいいっぱいの大声で誰かに届くように叫ぶと少しして壮年の庭師が来た。
「ど、どうなされたのですかお嬢様……!」
「来てくれてありがとう。目の前で新人の従者を虐める現場に居合わせたの。申し訳ないけど、彼らを逃げられないように空き部屋に連れて行って拘束しておいてくれないかしら」
「こ、拘束……ですか? か、かしこまりました」
きっと私が怒り心頭な表情をしていたからだろう。
私からの命令を聞いた庭師の表情は困惑の色を見せていたが、素直に聞いてくれてそのまま先輩従者二人を屋敷へ連行していった。
この場にクイナと二人きりになり、私は改めて彼が怪我をしていないか様子を伺った。
うつむいていて彼の顔は見えない。
綺麗だった新品の執事服は泥だらけで、白い肌にはいくつも擦り傷が出来ていた。
(私は、間違ってたのかな)
実は私の中でクイナがいつかこんな目にあうのではないか、と不安があった。
彼が早く私の為に働きたいと言ってくれた気持ちはとても嬉しかったけど、奴隷だと知った他の人間がどんな反応をするかと思うと怖かった。
クイナを助けたくて奴隷商から連れ出したのに、これじゃまるで違う地獄に連れてきただけじゃないか。
――私は、クイナを幸せにしたいだけなのに。
(嗚呼、なんでこんなに私は彼に何もできないんだろう)
現世の時のように大人だったら、もっと楽な生活をさせてあげることができたに違いない。
私が働いて、彼を養うことだって可能だっただろう。
でも私は今子供で、裕福な暮らしができるお金や侯爵令嬢という地位があってもただ一人の大切な推しキャラを守るすべが何もない事が、こんなにも無力なんだと初めて知った。