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用意してきた砂時計が落ちるのを二人で静かに待つ。
ただ待っているだけなのも緊張してしまうので執事服を身に着けているクイナを見て目の保養をしようと見つめていた。
作業する時に邪魔だったのか少し袖を上げていて、細く白い腕に似合わない青い痣を見つけたのは偶然だった。
「クー、どうしたのその傷」
私のその言葉を聞いてクイナの揺れていた尻尾が強張ったように動きを止めた。
すでに脚の怪我も少し痕が残るくらいになってきていた。それは一緒に手当をしていたセレナも見ていたから間違いない。
一番ひどい傷だったものが足の傷だったから、他の傷はもう治っていてもおかしくないのに何故か彼の腕には見知らぬ青あざが出来ていた。
ゆっくりと砂時計から私へ視線を向けたクイナが微笑みを浮かべて答える。
「少しこけてしまったんです。受け身がうまく取れなくて腕をぶつけてしまって。痛みはありませんから大丈夫ですよ?」
その言葉を素直に受け止める事が何故かできなかった。
何故か彼に対しての心配の念が消えてくれなくて、でも答えてくれたクイナを問い詰める事もしたくない。
「わかった。クイナが痛い思いするのは悲しくなるから次からは気を付けてね?」
「ええ、今度からは気を付けます。心配してくださってありがとうございます、お嬢様」
クイナは一度礼をすると紅茶を入れる作業へと戻る。
彼の入れてくれた紅茶は甘くて美味しかったけど、私の心には何か不安がずっと残り続けていた。
そしてその不安は数日後、現実のものとなった。
◇◆◇
数日後、勉強が落ち着いて休憩がてらクイナの顔を見に行こうとしていた時の事だった。
本当なら走って彼のもとに向かいたいけど、屋敷の中で誰かに見られてしまったら叱られてしまう。
(私はお嬢様、リリアンヌ・グラシアらしく歩くのよ)
と逸る気持ちを抑える様に自分に言い聞かせながら優雅に廊下を歩いていた。
窓を覗いてみると広々とした庭園が見える。
そして何故かその場所に一瞬探し求めていた彼の白い尻尾の毛並が微かに見えたような気がした。
(あんなところにクイナがなんでいるんだろう。今確か先輩従者に色々と教えてもらってる時間だったと思うけど)
クイナの教育係は私が任命したセレナが主にやっているけど他にも既に屋敷で働いている従者にも手伝ってもらっていた。
彼らも入って間もないけどすでに習ってきた知識はある。
実地でやれば身につきやすいかなと思って簡単そうな仕事であれば一緒に仕事をさせてほしいとお願いしていたのだ。
もしかしたら草むしりでもしているのかな、と軽い気持ちで向かう先を庭園へと方向転換した。
「確かこのあたりだと思ったんだけど……」
見えた方向に向かうとそこは果樹園のある場所だった。
林檎や桃などの大きな木々が生い茂っていて、身長の低い私が入るとちょっとした迷路のように思える。
上を見ながら何か出来てないかなーと探すけど、残念だがまだ食べられそうな果物はなっていないらしい。
ふと、誰かの話している声が歩いてる先で聞こえたような気がした。
なるほど、あっちにみんな行っているんだな、と辺りを見渡し誰もいないことを確認して追いつけるように走った。
「何か言ってみろよ!この奴隷が!」
目の前に飛び込んできた光景を見て、一瞬何が起きてるか私の頭が認識してくれなかった。
地面に倒れているクイナとそのクイナを蹴っている二人の従者。
そしてその口からは耳にしたくない言葉をクイナへ投げつけている。
「お嬢様に可愛がられていい気になってんじゃねえぞてめえ!」
「お前みたいな奴隷が、従者になれるわけねえだろ。聞いてるのか?」
ボールを蹴るように横たわるクイナの背中を蹴りつける。
細い体には衝撃が強かったのか身体を折り曲げ苦しそうに咳をしていた。
(なに、これ…………)
私は、推しが暴行を受けている現場をその目で目撃してしまったのだった。