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「お話がまとまったようで何よりです。お嬢様から許可も出ましたし、まずはクイナも少しずつ従者としての勉強から始めていきましょうか。ずっと休んでいたから動くのも大変でしょうし、歩く練習をして体力を戻してから動いてもらうことにしてその間覚えてもらう事も沢山あるのでその辺りを学んでいきましょう」
にこやかな笑顔と共に先輩であるセレナが今後のクイナの教育方針を話す。
確かにここに来てからベッドの上だったし、奴隷商の元でもずっと檻の中だった。
従者は主の周りの事を行うため、見た目以上に体力仕事だ。
「わかりました、よろしくお願いします」
「ビシバシいきますので、ちゃんと着いてきてくださいね? お嬢様の専属は並大抵な従者では務まりませんから」
――セレナ、それはどういう意味で言ってるのかしら。本人が目の前にいるのよ。
と、口にしたいけどふと私のこれまでの行動を思い出すと木から落ちて意識不明になるわ、突然奴隷を従者にすると宣言するわと中々破天荒な行動をしているなと自覚してしまったので口を尖らすだけにしておいた。
傷の手当ても終わり、夕食までの時間はクイナと二人で過ごすことにした。
部屋を出る時に「くれぐれも大人しくクイナと過ごしてくださいね?」とセレナには言い聞かせられたので、クイナの身体の負担にならないような時間の過ごし方をしようと一度自分の部屋に戻り目当てのものを手にすると急いでクイナの部屋へ戻る。
そして私は彼の隣に座り、持っていた本を差し出した。
リリアンヌは現在八歳。ただいま文字を覚える勉強を始めたところである。
この一週間でクイナの事を色々知るために話をしている中で、彼が簡単なものであれば文字が読めることがわかったのだ。
この世界の識字率はそこまでよくない。
貴族は教育の中で学ぶが平民だと学ぶよりもまず働くことを優先するから文字を覚えるということをすることは少ない。
(もしかして、クイナって元々は貴族なのかしら……)
クイナについて知っていることはゲームの中で語られていること――つまり、奴隷からリリアンヌの従者になった辺りのことまでしか語られていない。
奴隷になる前は何をしていたか気になるけど、今はまだ聞かないほうがいいかもしれないと思い彼の過去を聞きたい気持ちは心の奥底へとしまっている。
本音はとーっても知りたいけどね! 公式にも語られていない推しキャラの過去なんて最高のお宝情報である。
閑話休題。
文字が読めると知った私が彼にお願いしたのは本を読んでもらうことだった。
文字の読めるクイナに本を読んでもらうことによって一緒に楽しい時間を過ごせて、更に文字の勉強まですることができる一石二鳥だと思ったからだ。
「むかしむかし、あるところに一つの王国がありました……」
実際は先程の説明は建前で、推しキャラの声を堪能することができるからです!
現在のクイナの声は本来の声よりもまだ高い、いわゆる声変わりの時期を迎えていないのだ。
それがとてもとても可愛い!
心臓を奪われるような低くて甘い声も聞いてるだけでとろけるようだけど、今の天使のようなまだ高い少年の声も私は大好きだ!
毎日本を読む仕事で私は高額のお給金を払っていいと思う。これはそのくらい素晴らしい価値があるものだと胸を張っておすすめする。
「――さま……リーンお嬢様?」
しかも私の名前まで呼んでくれるんだよ、なんてご褒美なの!
「もしかして退屈だったでしょうか……。もっとうまく読めればよかったのですが」
「へっ? あれ、私……」
ずっと推しボイスを耳元で聞いていて幸せを噛み締めていたら、心配をかけたらしい。
「ち、違うわ!そうじゃないの!クイナの声がとても心地よくて耳が幸せになってただけで……あ、あう」
な、なにを言ってるんだ私!突然オタクのような発言をしてクイナにひかれてしまったらどうするんだ!
クイナにどう言い訳しようか考えている私とは対照的にクイナはぽかんと大きな瞳を見開いて、そして笑った。
「あはは、お嬢様が喜んでくれたなら私もうれしいです。このような声でよかったら、いつだってお聞かせしますよ……リーンお嬢様」
まだ少年のはずなのにどこか色気がある綺麗な顔が私の前に近付き、小さく囁くような声が耳元でした。
(甘い、推しのボイスが甘すぎる!)
これは悩殺されちゃう。推しが尊すぎて私ダメなお嬢様になっちゃう!
きっと今私の顔は真っ赤になっているに違いない、だって顔が熱すぎてのぼせそうになっているもの。