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「これから私は貴方に主人として最初の命令をします」

「……はい」

「――貴方はこれから私専属の従者として働いてもらうことになるので『奴隷であることを忘れてください』、いいですか?」

「えっ?」



 突然言われた言葉が理解できないようで、彼は困惑の表情を浮かべている。

 確かに奴隷として買われたのに、奴隷としての認識を捨てろと命令されたのだから。

 

 頭の上にある白い犬耳が垂れて、尻尾もくったりと倒れている。



(クー様が捨てられた子犬のような目で私を見てくる! そんな目で見られたら可愛がりたくなるじゃない! 愛でたい、可愛いクー様を撫でくり回したい!!)



 大興奮してしまいそうになる本能を理性を総動員させて必死に押さえつける。今は悲しそうな彼を説得することを優先しなければ。



「あ、あのね! 私は貴方にずっと私の従者として働いてほしいって思っているの。でも奴隷としてではなくて、一人の人間として。私にとって家族のような、兄弟のような……大切な存在としてこれから一緒にいてほしいの。」

「……大切な、存在?」

「そう、大切な存在! いつでもどんな時でも私の傍に居て欲しいの。ちゃんとご飯も美味しいの用意するし、過ごしやすい環境を用意する! だから、私の隣にずっといてください!」



 ここは懇願だと自分が侯爵令嬢だということも忘れて深々と頭を下げる。

 まさか自分に対して頭を下げながら説得されるとは思わず、どう判断すればいいのかわからないのだろう。

 あまりにも甘すぎる話だから素直に受け取っていいのか警戒しているのかもしれない。

 ここは少しでもクー様への好意を言葉にすることにしよう。


「私ね、貴方の事を一目見た時から気に入ってたの。奴隷だから買ったわけじゃなくて、貴方だから買ったの。だから、私は絶対に貴方を傷つけることはしない。絶対に貴方を奴隷としては扱ったりしないわ」

「そ、それは……!」



 おおおっ! こうかはばつぐんだ!


 あのクー様が可愛らしい頬は林檎のように真っ赤に染めて照れている!

 こんな愛くるしい彼をゲーム中では見たことがないから私の興奮は更に高まってしまい、思わず顔を近づけてじっと眺めてしまう。



「わかりました、わかりましたから!」

「本当に?! よかったぁ……」



 ようやく彼に説得が通じて一安心する。気持ちが落ち着いたのかふと、私は思い出す。



(そ、そういえばまだちゃんと自己紹介してないじゃない! 慌ててたから忘れてたわ!)



 ここはきちんと仕切り直ししなくては、と一つ咳払いをしリリアンヌらしく覚えたばかりのカーテシーをしつつ挨拶をする。



「おほん。ちゃんと自己紹介していなかったわね。私はグラシア侯爵家長女のリリアンヌ・グラシアと言います。どうぞよろしくね? 貴方のお名前は? 何と呼べばいいかしら」



 礼儀正しく自己紹介され、彼の背筋も伸びる。だが、名前を尋ねたとき彼の目線は泳ぎ始めた。



「わ、私は…………。すみません、名前はないのです」



 なんと! まさかクイナは元々の名前じゃなかったの!?

 ずっと私はクイナは彼の本名だと思ってたのに、この時点で彼の名前はなかっただなんて。

 推しの衝撃の真実に私は驚きを隠せず、固まってしまった。

 

 そんな私を見て申し訳なさそうな視線を見せながら、彼はつぶやく。



「もし、叶うなら……お嬢様が、名前をつけてくれませんか?」

「わ、私が?」

「ええ。貴方だけの従者になるのですから……」



 推しの名前を、私がつける。

 こ、こんな話ゲームにはなかった。

 いや、もしかしたら表記してなかっただけで、ゲーム内の彼らの歴史ではそんな過去があったのかもしれない。

 

 それだったら、私に悩む理由はない。



「わかったわ。貴方の名前は――クイナ。今日からクイナと名乗りなさい。私は……貴方の事を『クー』と呼ぶことにするわ」



 呼び捨て!

 とうとうお嬢様だからと尊い推しであるクー様を呼び捨てしまった!

 

 でも親しく『クー』と呼ぶことに憧れを持っていたから、ここで夢をかなえてもいいと思うのです、ええ!!

 



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