09
そこは裏通りにあった。
表通りは人があふれていて活気に満ちているのに、一歩道を外れるだけで誰もいない、さびれた通りに出る。
奴隷商は明かりが入らない暗い細い道、入り口も扉があるわけではなく下に続く階段があるだけだった。
「セレナ、行きましょう」
前世でもこんな危なそうな場所は近寄ったこともない。
足がすくみそうになるのを耐えて、勇気を出してセレナの手を握り階段を下りた。
一段、また一段と降りるたびに外に出たくなる。鼻腔に吐き気を催すような悪臭がこみあげてくるからだ。
セレナが察してくれてハンカチを渡してくれるけど、私は首を横に振り断った。
「いらっしゃいませ、珍しいお客様だ。こんなに小さなお嬢さんが何用で」
店の中に入ると私たちを出迎えたのは贅肉を揺らし、厭らしい笑みを浮かべる商人だった。
太い指には金、銀の指輪がいくつもついている。誰も近寄らない隠れた場所に店はあるけれど、私のような貴族が買っていくためか儲かっているのだろう。
ここで怯えていてはいけない!
少しでも子供だからと見下されない令嬢らしく見えるように高飛車に振る舞う。
「今日は私のものになる奴隷を買いに来たの、見せてくださらない?」
「ほほう、お嬢さんが奴隷を買う! これは面白い冗談だ。ここは遊び場ではないのですよ?」
「冗談? 失礼しちゃうわ。客に対する態度とは思えないわね。セレナ、袋の中見せてあげて」
信じない商人には強引に信じさせましょう。そう、金の力でね。
セレナに頼んで持ってきた袋の中身を確認させる。クイナを購入するために一応持ってきた金貨百枚だ。
念のために金貨百枚をセレナに頼んで用意させたけど、その枚数を聞いたとき「そんな大きなお金を持って行ってどうするのですか!? 流石に多すぎますよ!」と注意された。
何を言っているの? クイナなのよ!
そんなに彼が安いわけがない、きっとこれくらいじゃ絶対に足りないはず。
むしろ少なかったら奴隷商に対して怒りたくなるわ!
少しだけ袋の口を開けて奴隷商に見せると、やはり圧倒的多さの金貨には叶わなかったようだ。
先程の舐めたような態度から一転変わり、上客として認めたのか大きな手を擦りながら寄ってきた。
「これはこれは、大変失礼いたしました。本日は当店にお越しいただきありがとうございます。どのような奴隷をお探しですかな」
「そうね……。ここに獣人の奴隷っているかしら。忠実な奴隷を傍に置きたいから……犬の奴隷だと嬉しいんだけど」
「おお、犬の獣人ですか! これはお目が高いですなぁ、ははは。どうぞこちらへ」
奴隷商の後を続くように歩く。
地下いっぱいに店が広がっているのか入り口の狭さとは打って変わって、多数の大きな部屋がありその壁が一面檻になっていて、さらに一つの檻の中に何人も奴隷が入っていた。
大人から子供、男性女性関係なく。
ただ、皆生きようとする気力がないのか、死んだように動かないでただ虚空を見つめていた。
(これは、ひどすぎる……)
こんな酷いところにクイナがいると思うと胸が痛い。彼は無事なんだろうか、怪我はしてないだろうか。
歩き続けているとどうやら獣人奴隷の区画に入ったらしい。
ここは小さな檻に一人ずつ入っていて、犬だけではなく様々な獣人を置いている。
「お待たせしました。この辺りがご希望の獣人になりますが……お好みの奴隷はいますかな」
私は目の前に広がる光景に息をのんだ。多すぎる獣人奴隷の数が予想以上に多かった。
居ても片手くらいだと思ったけど、ここには犬獣人だけでも三十人近くの奴隷がいた。
(この中に、クイナが……)
私は歩いて一つ一つ、檻の中を見つめる。
どの子もボロボロになっていて、中には瀕死なのかまったく動かない子もいた。
その光景をみて彼の命も危ういかもしれないと思うと気持ちがはやる。
(……違う、この子も違う)
白い毛並みの犬の獣人は何人もいた。でも違うのだ。推しだから、ずっと見ていたから彼じゃないとすぐに判別できる。
――でも、見つからない。
全部の檻を目を凝らして探したけど、どれも違う人だった。
(もしかして、この店じゃない? ゲームの中だと買ってきたのは父親だった。どの店で買ってきたかという情報はなかった……。どうしよう……)
このまま彼を連れ帰ることが出来ず、ゲーム通り誕生日まで待つしかないのかと諦めた時だった。
「そういえば……数日前に怪我をした獣人が確か犬だったような気がするな」
思い出したように奴隷商が呟いた。
その言葉を聞いた私は慌てて彼の服を握り、命令する。
「その奴隷はどこにいるの!」
気迫のこもった私を見て、奴隷商はこちらへ……とすぐに案内してくれた。




