プロキオンの首輪
閉じられた天秤宮を、アンヌ=マリーが変えようとしていることに、ジゼルは気づいていた。若い娘を集めては、お茶会を開こうとしたり、刺繍会を開こうとしたり、ジゼルの顔色を見ては、そんな催し物をしようとする。
アンヌ=マリーがそうやって人を集めようとしたのは、ジゼルの味方を作るためだったのかもしれない。
ジゼルは、その意図が分かっていながら、無視していた。獣人の騎士がつくまでは、茶会も刺繍会も開くつもりはないと、言い訳に使った。
「ララ・ユゴーと申します。」
黒く縁どられた茶色の三角耳が、音を探すように動いていた。ジゼルは、座ったまま視線だけを動かした。
人と関わることを禁じられ、神殿に閉じ込められていたジゼルだったが、視線や瞳の強さで他者の感情を推察することくらいはできる。それが、負の感情であるならば、なおさらに。
「ジゼル様?」
給仕をしていたアンヌ=マリーも、傍に控えていたバベットも、何も言わない主人に困ったように視線を向ける。
「いいえ。これからよろしく、ララ。」
ララは胸に手を当てて腰を折りはしたが、騎士が主人にするように跪くことはなかった。アンヌ=マリーが、それに抗議をする前に、ジゼルは手で制した。
「アンヌ=マリー、これから忙しくなるわ。」
「お茶会ですか?」
「あなたに差配は任せます。ララ、あなたには警護を。」
ララの感情には興味がなかった。仕事をしてくれれば、それでいい。
「ララ・ユゴー、あなたが今までどんな仕事をなさってきたのかは存じ上げません。ただ、これからは王族であり守り人様であったジゼル様に仕えるのです。自覚をお持ちなさい。」
アンヌ=マリーの言葉に、ララは、一瞬だけ耳を立てた。そこに混じる感情が、殺意に似ていることに、アンヌ=マリーは気づかなかったようだ。
一体、どうして、ララを選んだのだろうか。
あからさまな殺意を隠さない護衛であるなら、きっと、エマニュエルの前でも隠さなかっただろうに。
それとも、それが、狙いなのだろうか。
親切なエマニュエルの、いつもの困ったような、惑ったような表情を思い出して、ジゼルは紅茶に息を吹きかけた。
熱い紅茶を冷ます所作は、きっと、ジゼルのため息を隠してくれただろう。