引き裂かれたジェミニ
近衛兵を束ねる隊長としての任務以外に、エマニュエルには亡き父から譲られた伯爵領を守る義務があった。
その義務は、尊敬する父から与えられた使命であり誇りでもあったが、広大なリシュリュー公爵領を与えられることになったからには、然るべきものに継承してもらう必要が出る。
憂鬱だ。
そう感じながら、家族の待つ晩餐の席に急いだ。
「遅かったな。」
「失礼を致しました、叔父上。」
晩餐の席には、遠方から来てもらった父の弟、母に、妹二人がついていた。叔父の目は怒りに染まっていたし、母も妹たちも決して、愉快そうにはしていない。
「話は聞いた。」
「はい。王女殿下の降嫁をお許しいただきました。リシュリュー公爵位を与えられましたので、バイエ伯爵領については、叔父上にお願いしたく。」
「……お許しいただいた、だと?なんだ、それは。」
予想通りの反応に、エマニュエルはため息をつきたくなった。こうなってしまったのは、エマニュエルのせいではない。
「我々は誇り高き獣人だぞ!確かに、兄上は、人に仕えよと言った。あの少年を支え、人と共に生きよと言い残した。だが、我々の誇りを忘れろとは言わなかった!」
「叔父上、これは、王命です。」
「あれは、お前に忠義を尽くせと言った。主人につきしたがう愚かな犬になれとは言ってない。お前は、分かっていないのだ。番を奪われることが、どれほどの苦しみか。番がいなくなったものたちが、どれほど苦しみ、衰えていくか、知っているだろう!?」
叔父の怒鳴り声に、下の妹が震えだす。カトラリーが音を立てているのを見て、すぐに上の妹が、カトラリーを取り上げた。
「幸いイザベルとは、番の証を交わしていません。叔父上の恐れている事態にはならないかと。」
「やはり、分かっていない。これは、我々、獣人の今後にかかわる問題なのだ。我々が大切にする番や家の文化を、人と理解し合えなければ、ともに生きることはできなくなる。我々にとって、この国は安住の地でなければならないのだ。それを、お前という前例を作って、壊してはならない。」
「ええ、おっしゃる通りです。」
「なら、」
「それでも、王女殿下を妻に致します。」
「エマニュエル、」
母が初めて、声を上げた。その声は、姫とは違う、強いものだった。
番を失い、母は確かに苦しんでいるが、娘たちを育て上げてくれという父の最後の願いが、母を支え、そして強くしている。
「あなたは、そうしたいのね?」
「……はい。」
「なぜだ!」
母は、ゆっくりと、エマニュエルと同じ赤い瞳をこちらに向けた。
「それは、同情?」
「……はい、おそらくは。」
「あなたのすることは、後ろ指をさされることになるわ。同胞に理解されるには、時間と根気と、時には腕力が必要になる。王女殿下も、悲しい思いをすることになるかもしれないわ。」
母が、気だるそうにワイングラスを手に取った。血のように赤い酒を、くるりと回す。
「それでも、そうしたいのね?」
「はい。」
母は、酒量が増えた。最初は止めていたエマニュエルだったが、それが、母なりの寿命の縮め方だと分かってからは、止めるのをやめた。
「なら、止めないわ。」
「ウジェニー!」
「ジェルヴェ、あなた本当に、分からないの?そんなだから、番が見つからないのではない?」
母の一言に、晩餐の席は静まり返る。今度は上の妹のカトラリーが震えだすのが見えた。
母が、使用人がついだワインをまた口に含んだ。
強い母のその弱さが、番を失うことなのかと思うと、怖かった。